9.29(ギンと乱菊)

・・・9.29。
この日は十番隊副隊長、松本乱菊の誕生日だ。


同時に、この日は元三番隊隊長市丸ギンと乱菊が初めて出会った日でもある。


彼らが出会った流魂街は、子供一人では生きていくのが相当に厳しい、そんな街だった。

『・・・あたし・・・このまま死ぬのかな。』

地べたに仰向けになっているのは乱菊だ。まるで人事のようにぼんやりと自分の死を思う。

子供の乱菊が見上げる空は抜けるように青い。
『・・・空・・・綺麗だな・・。』
現在の自分が置かれている状況を考えればとてもそんな余裕はないはずだが、乱菊は仰向けになったままだ。

いや正確には動けないのだ。
・・理由は・・・『空腹』。
霊力のある者は腹が減る。
当然食べ物を口にしなければならない。

だがここは子供の乱菊が食べ物を手に入れるには苛酷な街だった。
・・・いつから食べていないだろう・・。
いや・・最後に水を飲んだのはいつだったか。
それすらも記憶があいまいだ。

街で全く食べ物を手に入れることが出来なかった乱菊は、郊外に出ていた。
9月の末だ。そろそろ木の実がなっているかもしれない。
・・・・しかし現実は乱菊に甘くはなかった。
当てもなくさ迷い、焼け落ちた家に何か食べ物がないかという僅かな希望も今裏切られたばかりだ。

・・・もう、動くことは出来なかった。僅かに顔を横に向けることが精一杯だった。

そんな時だ。

「食べ。」
その声と供に、荒涼たる地面ばかりを映していた乱菊の視界に飛び込んできたのは木の実だった。
『なんでここに木の実がふってきたんだろ・・。』
ぼんやりと不思議に思う。

「腹へって倒れられるいうことは、キミもあるんやろ?霊力。」
「・・・キミ・・・も・・?」

霊力があるという子供にそれまで出会ったことの無い乱菊は、視線を上に向ける。
そこには銀色の髪をした少年がいた。

「あァ。ボクもや。市丸ギン、よろしゅうな。」
この苛酷な世界においては、いささかのんびり過ぎるとも言える少年の様子に、乱菊は空腹も忘れてこう言っていた。

「ギン・・・ヘンな名前。」
・・・行き倒れた自分を助けてくれようとしているらしい少年への感想としては、いささか不義理ではあるが。

差し出された木の実を貪る様に食べる乱菊。
すると不思議だ。あれほど動けなかった体に力がわいてくる。
乱菊が動けると分かると、ギンは続けてこういった。

「もう動けそうやなあ。ほな、ボクが今住んでるところに行こか。どうせ、住むところないんやろ?」
「住んでいるところ・・?」
「あァ。古い家なんやけど。屋根があるだけマシやろ?」

連れてこられたのは打ち捨てられた民家だ。
入り口の引き戸は壊れているが、雨露は十分しのげる。
そして、乱菊とギンの奇妙な共同生活が始まった。

ギンは天才的に要領のいい子供だった。
何処からともなく食べ物を手に入れてくる。
どうやら霊力を使っているようなのだが、最初乱菊には全く分からなかった。
「霊力って・・使えるの?あたしお腹が空くだけかと思ったけど。」
「使い方が分かれば便利なもんやで?せっかく持ってるんやし、使わな損やろ?」
ギンは乱菊にそう言って、霊力の使い方を少しずつ教えていった。
動物の探知の仕方や仕留めるための攻撃方法など。
そのほか生きるための知恵を少しずつ。

乱菊がこの生活に慣れてきた時のことだ。

「なあ。乱菊って誕生日いつ?」
ギンがそう尋ねてきた。
「知らない。あんたと会うまで日にち数えられるような生活してなかったし。」

目線をそらしながら答える乱菊。誕生日なんて祝ってくれる人はいなかったし、自分が生まれたことを嬉しいと思ったこともない。
乱菊は自分の気持ちを正直に言う。

「・・なら。ボクと会うた日が乱菊の誕生日や。なっ、ええやろ?乱菊。」
誕生日。今まで全く気にもしていなかったのにギンに言われるとその日が何か特別な日と思ってくる。
『そっか・・。自分の生まれた日って・・特別な日なんだ。』
「うん。・・ありがと。ギン。」
それまであまり笑顔を見せなかった乱菊。
この時乱菊は確かに笑顔でギンに礼を言った。

しかし今度はなぜかギンが顔を背ける番だった。・・何かにこらえるように。

それからだ。
ギンは行き先も告げずにふらりといなくなる事が多くなった。
乱菊は当然心配して、待っている。
帰ってきたギンを見て安心するようにため息をつく乱菊。


・・・そんな乱菊を何故かいつもギンは苦しそうに見ていた。


秋も終わり、そろそろ冬に差し掛かる時期だ。
囲炉裏の火を二人で眺めながら、ギンが乱菊に尋ねた。
「・・乱菊は将来なんかやりたい事とかあるん?」
「・・・そんなの考えたことない。生きるのに必死だったし・・。ギンは?」
「ボク?そやなあ。・・・死神になろうか思てるけど。」
「・・死神?なれんの?あたしたちみたいなのでも。」
「なれるよ。死神になれる学院の試験に合格したらボクらでもなれる。」
「ふうん。」

揺れる炎を見ながら語り合う二人。
夜はいつもこうして色々なことを話し合ったものだ。
日を追うにつれて乱菊は表情が明らかに豊かになっていた。
はじめはギンの方から話すことが殆どだったのが、今では乱菊からも話すことも増えてきている。

そして初冬のころ。
いつものようにふらりといなくなるギン。
回数も増えてきた。家を開ける時間も長くなってきている。
そんなギンに乱菊は漠然とした不安を覚えるようになっていた。

いつか・・・ギンは本当にいなくなってしまうのではないだろうか。


・・・考えるのが怖かった。


そんなある日。
ギンは今日もいない。乱菊は仕方なく野草摘みに出かけた。
本格的に冬を迎える前に、乾燥させて常備しておくためだ。
いつもよりも多めに採るために、乱菊も今日は長い時間家を留守にしていた。
そんなときに物凄いスピードでギンがやってきた。
『どうしてここが分かったんだろう。
ああ。探知能力を使ったのかな』
しかしそれよりもギンが慌てた様子なのに驚く乱菊。
「どうしたの?ギン。」
「・・いや・・家におらんかったから。」

おかしなものだ。自分はふらりと平気で出かけていくのに、乱菊がいないことで慌てるなんて。
「野草・・今のうちに集めておこうかと思って。」
「・・・ああ。そうか・・そやな。ちょっとビックリしたもんやから。」
今更のように自分が慌てているのに驚いているかのようなギン。
「でももう十分集まったし。帰ろ、ギン。あ、おかえり。」
「あァ。・・・ただいま。」

二人で進む家への道。
「・・・ちょっと二人で居り過ぎたなあ。」
「え?何か言った?」
「いやなんでもないよ。」

乱菊の不安は何故かどんどん大きくなる。
本当にギンはどこかへ行ってしまうのではないか・・と。

その夜。
なかなか寝付けない乱菊。
目を瞑ると何故か言いようの無い不安が押し寄せてくる。
「ねえ・・ギン。もう寝た?」
「眠れんようやねえ。」
「・・ね。手つないでもいい?」

流石のギンも一瞬驚いたようだ。
乱菊がこんなお願いをするのは初めてだから。

「しゃあないなァ。ほら。」
手を出すギン。その手をきゅっと両手で握り締める乱菊。
ほっと息をつき安心したようだ。
「・・ありがと。ギン。」
ようやく乱菊に睡魔が訪れる。




・・・そして
夜更け・・・乱菊が目を覚ますと・・
隣に寝ていたはずのギンはいなかった。

外は雪が降っていた。

ギンの履物は無い。


・・・行ってしまった。

もうギンはここには戻らないだろう。
何故か確信できた。
あまりにも悲しい確信だ。

・・・残るのは僅かな足跡だけ。



乱菊は泣いた。
何故これほどに悲しいのか分からぬまま泣いた。
・・・・泣き疲れて・・また眠ってしまうまで。


・・・そして夢を見た。

ギンと話していた夢だ。

「ギンてあんまり物に執着しないよね。」
「そやなあ。そうかもしれんなァ。」
「どうして?」
「そうかて一旦『大事』や思うたら壊れるんが怖なるやろ?大事にしすぎて壊してしまうかもしれんし。・・イヤやんか。」
「壊れるものばっかりでもない気がするけど。物じゃなくても人でもいいし。」
「・・壊れるよ。人かて。・・・だからボクは『大事なもの』や作らんのや。」
「あたしはでもあんたから壊れない大事なものを貰ったけどね。」
「え?そんなんあったかな。」


「9月29日。あたしの誕生日。ね?壊れないでしょ?」



「・・・・そやね。」




そこで夢は覚めた。
そして乱菊もまた旅立つことになる。

・・ギンの行方を探す旅に・・・・。



乱菊がギンの姿を霊術院で見つけるには・・・・。



まだ相当の月日を要することになる。






なんちゃって。

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