悪夢(朽木白哉)

・・・・墨を溶かしたかのような漆黒の中に、一人の少女が何故かぼんやりと白く輝いて佇んでいる。


こちらには背を向けている。しかし、私はそれが誰か顔を見ずとも解かっている。

・・・・何故ならば・・・その者のことをこの世の誰よりも知っているからだ。


・・・このようなところで、何をしているのだ・・・夜着のままではないか。


・・・・白い夜着は、華奢な体をより儚くさせている気がする。

近寄ると、こちらを振り向いた。
驚いたような表情の後に見せる、安心したような・・・そして恥らうような笑顔は・・・いつになっても変わらぬな・・・お前は・・・。

近寄りそっと肩に手を乗せる。

・・肩が冷えている・・。
どうやら、今日は調子が良いようだが・・・だからといって、このような薄着でいるとは・・。

己の羽織を着せようと、羽織に手を伸ばした所には・・・いつも身につけているはずの羽織はない・・・。


・・・それどころか・・・私は裸身だった・・・。


・・・なんだと・・?
驚きに目を見張り、お前を見やれば・・・お前もまた・・裸身だった・・・。

白く輝く儚げな裸身は・・何時ものように羞恥で震えていた。
胸元に引き寄せる。

・・心配することはない。

・・お前には・・この私がいる・・。

私に愛という存在を教えたお前を・・私はなんとしてでも護り抜いてみせる。


・・・この腕の中の愛しき者。

思いのままに強く抱きしめれば・・・壊れてしまうのではないかと、私は心の中で何時も恐れていることを、お前は知らぬであろうな・・・。

私の胸に顔を埋めていた顔が・・ゆっくりと上がる。
私を見るその顔は未だ羞恥に赤らめられたままだ・・。

その顔がふわりと微笑み・・ゆっくり目蓋が閉じられる・・・。


・・・吸い寄せられるように、その桜の花びらの如き唇に口づけようとしたとき・・・


・・・私をお前が囁くように呼んだ・・。



『・・・・兄様・・・・。』と。





「莫迦な!!!」

・・・・己が夜具を跳ね除け、上体を起こして目が覚めた・・。
無様にも、乱れる呼吸。

・・戦いにもこれほど息を切らすことは稀だろう。
しかし、私にとって、それほど夢の内容は衝撃的なものであった・・。

・・・ありえぬ。
この私が・・ルキアにそのような気を起こすことなど・・・。

・・・絶対にあってはならぬことだ。


・・だが・・夢にはその者の深層心理が出るのだという学者もいる・・。
平静の理性の枷が、眠りにより取り払われ・・己の本心が出るのだと・・。

・・・・下らぬ・・。
ある程度認知されていはいても、それが絶対ではないことも学んだはずではないか。

引き寄せた方の手には、まだ温かみが残っている気がして、思わず手を見る。

・・ありえぬことだ・・。
この私が・・よりにもよって、妹に手を出すことなど・・。

強く握り締めて、その余韻を消す。



・・最近・・更にルキアは緋真に似てきた。
・・無理もない・・。
私が緋真に会った年頃に、あれも近付いてきたのだから・・・。


だが・・・やはりあれに近付きすぎてはならぬようだ。
・・このような悪夢をみるなど・・・。

私は兄としての責務を果たすのみでよいのだ。
近付きすぎてはならぬ。


・・・決して・・・。



握り締めた手には未だ温もりが残っている気がして・・


・・・夜具には戻らず、そのまま夜の庭に出た・・。


肌を刺す夜の冷気は・・今宵の私にはふさわしい。


・・・己を見失ってはならぬ・・・。



・・・私は・・・『朽木白哉』なのだ・・・。






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