欺きの中の真実(ギンとイヅル)

「吉良イヅルです。入ってよろしいでしょうか。」

三番隊隊長執務室の扉の外から声がする。

発せられた若者の声には、この若者が几帳面であることが感じられる。
しかし、決して不快ではない。
同時に、芯は優しいであろうことも感じられるからだ。

その声の持ち主が吉良イヅルである。


どうやら緊張しているようだ。立つ姿勢もなんだか固い。

「ああ。入り?」
中から発せられた関西訛りの声が聞こえるや、さらに緊張がその背を走る。

「失礼します。」
平常心を装って部屋に入ったイヅルに対し、部屋の主は心の中で、こうつぶやいた。
『あ〜〜あ、そない緊張せんでもええのに。ガチガチやなあ。』

つぶやきの主は当然ながら三番隊隊長の市丸ギンだ。

「この度は三番隊副隊長に推薦いただきまして、ありがとうございます。
粉骨砕身し、市丸隊長の補佐を勤めさせていただきます。」
90度に礼をするイヅル。

「あぁ。そないに固とならんとってもエエよ。
これから、同じ隊なんやから。
おおっと、自己紹介がまだやったな。市丸ギンや。よろしゅう頼むわ。」

それに対し、今度はイヅルが心の中でつぶやいた。
『知ってます。もうずっと前から。』


それが、ギンとイヅルの再会の言葉となる。


ギンとイヅルは過去にあったことがある。
ずいぶん昔のことだ。
イヅルがまだ真央霊術院の1回生だった頃の話だ。

実習で現世に派遣されたイヅルらは、未知のホロウの襲撃を受け、絶体絶命の状況に追い込まれていた。
その場にいた全ての者が死を覚悟したところに、現れそして命を救ったのが、五番隊隊長の藍染惣右介と、当時はその副官だった市丸ギンなのである。

ギンとイヅルは直接話したわけではない。
ホロウを倒し、学院関係者が迎えに来た時点で、藍染とギンはすぐに帰ってしまったからだ。
「たいへんやったなあ、今日は皆ゆっくり休むんやで?ほな。」
ひらひらと手を振って尸魂界に帰っていくギンの姿を見て、何故かイヅルたちは平常心を少しばかりだが取り戻すことが出来たのである。

それから、イヅルが副隊長としてギンに面会するまで数十年の月日が流れていた。

「吉良君。三番隊の・・市丸のところなんだが、副隊長をやってみないかい?
彼から希望が出ているんだが。」
それまで所属していた五番隊隊長の藍染からこの話が出たとき、イヅルは一も二もなく承諾した。

藍染の元でイヅルは素晴らしい働きをしてきた。
命を救ってくれた藍染に、恩を返したいという気持ちからだ。
高いレベルでバランスが保たれた死神として、上司の藍染がつけた人事査定は最高レベルのものだった。

いずれは、もう一人の命の恩人、ギンにも死神としての働きで恩を返したい。


イヅルは義理堅い人物だ。
心の中で強く誓っていたのである。


これからは、副隊長としてギンに恩を返すことが出来る。
『いい働きをしよう。市丸隊長が、僕を推薦してよかった、と言っていただけるように。』

同時に、イヅルはギンが以前自分を救ったことを覚えているのか気になっていた。
忘れていても、おかしくはない。
でもやはり、気になっていた。

「あの・・・お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「あぁ?ええよ?」
「僕を推していただけた理由は何だったのでしょうか。」
「副隊長候補の中で一番キミが成績よかったからなあ。
ボクもやっぱり、エエ副官に来て欲しいし。」
「そう・・・ですか。」

イヅルは落胆した。
やはり覚えてはいないのだ。当然といえば当然なのだが・・。

「どないしたん?」
「実は、僕は以前市丸隊長にお会いしたことがあるんです。」
「ええ?そんなんあったかなあ。」
「はい。僕がまだ院生の時だったのですが・・・。
以前、現世で院生4名を助けたことがおありなのを覚えていらっしゃるでしょうか。」
「現世で、・・・院生を?

ああ!!あったあった!!
ボクが五番隊におったころや。そやろ?」
ポンと手を打ち思い出すギン。

「その時の一人が僕なんです。その節はありがとうございました。」
「ああ。そういや、金髪の子がおったわ。
なんやあの時の子やったんやなあ。
気がつかんかった。こらまたえらい立派になってもうて。

そら、ボクがキミに決めたんもなんかの縁や。
ひとつよろしゅうな。」


「はい!よろしくお願いします!」

イヅルの意気は更に高まっていた。



「副隊長候補の中で一番キミが成績よかったからなあ。
ボクもやっぱり、エエ副官に来て欲しいし。」

・・ウソや。ホンマはずっと前から決まっとったんや。

「ええ?そんなんあったかなあ。」

・・これもウソ。・・覚えとるよ。あの時からキミたちは大事な駒になるよう、手を回されてるんやで?

「現世で、・・・院生を?

ああ!!あったあった!!
ボクが五番隊におったころや。そやろ?」

・・・これもウソ。別にキミらを助けに行った訳やない。ただ実験結果を処分に行っただけやねん。

「そら、ボクがキミに決めたんもなんかの縁や。」

これもウソ。なんかの縁やない。キミは最初からボクのところに来ることになっとんねん。


みんなウソ。
この世はみんなウソぱっかりなんやで?イヅル。


でも・・ウソばっかりやからこそ、ホンマもんいうんはキレイに見えるのかもしれんなあ。
ボクの為に働こうて思てる、キミの目は紛れもないホンマもんや。

キラキラしてるで?イヅル。

・・でも、ホンマのことをキミが知る時が来れば、このキラキラも無いなってしまうんやろな。

その時が何時かは分からんけど。
でもなるべくならゆっくりのほうがエエなあ。

そやかて『その時』以降は、ボクが見るんは真っ暗な世界やろうから。
・・・光の無い世界や。

それまでは・・・。
キラキラを楽しませてな、頼むで?イヅル。

「ひとつよろしゅうな。」

これだけはホンマ。



・・・よろしゅうな。イヅル。




なんちゃって。

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