晩秋の残像(白哉とルキア)

ルキアは義兄に連れられて、地方の朽木家が所有する広大な領地を訪れていた。
広大な農園は収穫が終わり、ススキが黄金に輝きながら、かすかに音を立てて揺れていた。

昼も過ぎ夕刻に近づいた頃、白哉が急にルキアを外に連れ出した。
連れ出した先は、小高い丘。秋の農園が見渡せる素晴らしい眺めのところだった。
きれいだった。しかし何故白哉は自分をここへ連れてきたのだろうか。
ススキが奏でる音を聞きながらぼんやりと不思議に思った時だ。

「お前の姉、緋真とはここで初めて会った。ちょうど今の頃だ。」
視線を農園に向けたまま、それまで無言だった白哉が突如口を開いた。

「え?」
「緋真は、ここで倒れていた。たまたま、領地の見回りで来ていた私が見つけ、屋敷へ連れ帰った。屋敷のものには反対されたが、私の領地内で行き倒れを放置するわけにはいかなかったからだ。極度に衰弱していたため、体力が回復するまで屋敷に置くことにした。それが緋真との最初の出会った状況だ。」
「そうだったのですか。」
それからのいきさつは、白哉の口からは語られなかった。

ルキアはちらりと横に立つ白哉に目を向けた。

男性に美しいという表現は失礼なのかもしれないが、義兄は美しいと思う。
時に恐ろしささえ覚えるほどに。
その義兄の体には、先の戦いで負った傷跡が残されている。
腹から背中にかけて、市丸ギンに貫かれて負った傷だ。・・・自分を助けるために。
本当は消せるのだそうだ。執事に、朽木家の当主たる者の体に傷跡があるのは好ましくないため消すように、と懇願されているのを自分も聞いたことがある。
しかし、先の戦いで迷いを覚えてしまった自分への戒めとして、その傷を消すことについて義兄は頑として首を縦に振らなかった。

・・・そうか。義兄がここへ自分を連れてきたのは、償いのつもりなのだ。
無口な義兄なりの私への償いなのだ。
義兄らしい。償いなど要らぬのに。
姉と私のために、義兄がどれだけ貴族の掟と戦ってきたのか想像も出来ない。
そして、姉も私も義兄に命を助けられている。
感謝すらしているのに・・・・。

「兄様・・・。」
「なんだ。」
「感謝いたします。大切な思い出の場所に連れてきて下さって・・本当に感謝いたします。」
「・・・・・。」

これだけは言える。姉は幸せだった。

白哉を見つめたルキアがふわりと穏やかに微笑んだ。

「・・・風が出てきたな。屋敷に戻るぞ」
「はい。兄様。」

白哉が先に立ち、またもと来た道を戻り始めた。


・・・血は争えぬものだ。年を重ねるにつれ、ルキアはますます緋真に似てきた。
時折、緋真ではないかと錯覚を覚える時さえある。
緋真・・・まるで野菊のような女だった。
儚く、しかし美しい。

緋真に会うまで、自分が誰かを愛せるということを知らなかった。
朽木家の当主に求められるのは絶対の自制心だ。幼い時より、私も叩き込まれた。
それが、貴族の掟に逆らってまで妻にしたいと思うほど、誰かを愛することが出来るとは、自分自身が驚きだった。


『姉さま・・感謝いたします。』
『緋真・・ 感謝する。』

ススキの小道を進む二人。もはや、この二人には家族はいない。
緋真が残したこの二人を除いては。

日が傾きかけた帰り道、白い花を咲かせた野菊が静かに風に揺れていた。

inserted by FC2 system