白哉の副官(朽木白哉)

「朽木隊長・・・。
その・・ちと言いにくいことなんですがな・・。」
普段は豪胆とも言える性格で、歯に着せぬ物言いの男が、今日に限っては歯切れが悪い。

「・・何だ。」
それに対し、ちらりと男の方へ眼をやっただけだ。それでも白哉は部下の異変を感じながらも、普段と同じ対応だった。
「・・わしゃ・・・隊を・・死神を止めよう思っとるんですが。」

いきなりの辞職願に、流石に白哉の筆が止まる。
それはそうだろう。
辞めると言ったその男は、銀銀次郎(しろがねぎんじろう)と言う。
職席は、六番隊副隊長。

つまりは・・・・白哉の副官であるのだから。

筆を止めた白哉。そのまま筆入れに筆を置き、無表情でこう言った。
「・・・理由を訊こう。」
その様子に、銀は心の中でつぶやいた。
『なんじゃい。筆が止まっただけかいな。
もうちょっと驚くかと思うたんじゃが。いやはや、流石は朽木隊長じゃのう。』

白哉を驚かせるまたとない機会を見事に外され、少し残念に思いながらもこう言った。
「本格的に眼鏡屋をやろうかと思っとるんです。」
「・確か今でも副業でやっていたと記憶しているが。
それでは足りぬと言う訳か。」

「・・実は、わしの夢は元々眼鏡屋になることやったんです。
けどまあ、それで食えるとは思っとりませんでしたので、死神になったようなもんでしてのう。
副隊長になって小金がたまったもんですから、まあ趣味みたいなもんで眼鏡屋を始めはしたんですが、それが意外にも当たってしもうて。
今、注文を捌ききれんくらいに、なってもうたんです。

このままじゃと、死神としても眼鏡屋としても中途半端になるんは分かり切っとりましてのう。
ずいぶん悩んだんじゃが、この際、スッパリ死神を止めて、夢やった眼鏡屋一本で勝負しようと決めたんです。」

「・・・・・・。」白哉は無言だ。
「朽木隊長には良うしてもらっといて、辞めるんは不義理やいうんは重々承知しとります。
そやけど、たのんます!ここは一世一代の願いです!どうか!どうか・・!!!わしの我まま聞いたってください!」

地に額を擦りつけて必死で懇願する銀の姿に、白哉は銀の本気を見た。

「・・見苦しいぞ、直れ、銀。

辞めようと言う者に、用は無い。
死神としての意欲を欠いたものに私の副官は務まらぬ。
むしろ・・目ざわりだ。

・・・何所へなりとも行くがいい。」

言葉面のみをみれば、非情とも思えるだろう。だが、銀は白哉が自分を慮ってわざと冷たい言葉を吐いているのを知っている。
長い付き合いだ。
白哉が隊長に就任した時からの付き合いなのだから。
始め、自分を副官に選んだ時は驚きもした。白哉と銀は年も違えば、性格もものの考え方も全てが違う。
意見のすれ違いも、衝突もありはしたが、白哉が冷徹と言われる陰で、実は情に厚い事も知っている。

白哉はこの言葉の裏で、長年の夢へ走る銀を快く送り出しているのである。
銀が去った後の事を、気にせぬようにするために、わざとこのような言い方をしているのだ。

「・・・ありがとうございます!隊長!」
銀は、改めて白哉の副官としていられたことを誇りに思った。

それから一か月後に、銀は六番隊を去っていくこととなった。
そして、六番隊の副官は空席となった。
無論、その間白哉が何もしなかったわけではない。
後任人事としてふさわしいものを探してはいた。
だが、なかなかこれは、と思う人材はいないものだ。

副官がいなくても、白哉の任務にはいささかの滞りは無かった。
しかし、饒舌だった副官がいなくなり、白哉の口数は余計い少なくなっていた。

今日も隊には、後任の副官候補の推薦状が届いている。
それには、候補者の履歴、過去の功労、得意分野、性格、趣味など事細かく書き連ねられている。
それを全て目を通しながら、白哉は自分が、銀を副官に選んだ経緯を思い出していた。

白哉は隊長になった際、副官は自分よりもかなり年上である事を条件としていた。
自分が所謂、扱いにくいとされるタイプであると言う自覚はあった。そんな自分に合わせ、そしてサポート出来るのは、それなりの人生経験を積んでいることが不可欠であると考えていたためである。

そこで、候補を絞ったところ、年配で副官が出来そうな者は殆どいなかった。
白哉は、護廷十三隊の人材不足を痛感した。
そして、その僅かな中に銀がいたのである。
ガサツで人懐っこく、大ざっぱで勢い任せ。ミスも多い。その癖、妙に他人から好かれるような人物だった。
正直、能力的には大したことは無かった。だが、忍耐力と立ち直りの早さを買った。

自分と正反対の副官を持つ事に、リスクを感じなくもなかったが、その際は他の者と代えればいい。
その程度に思って白哉は銀を副官に据えた。

しかし、予想に反して銀はよくやった。
仕事の正確さには問題は残ったが、白哉の厳しさで隊の雰囲気が息がつまりそうになる所を、銀が上手く隊員のストレスを緩和する。
六番隊がまとまりのある隊になるよう、銀は自然にその役割を担っていた。

今まで来た推薦状の中に、銀と同じ働きが出来る者はいない。
そして、後任はなかなか決まらなかった。

そんな折、眼鏡職人となった銀が、六番隊に現れた。
白哉への礼にと、新作のゴーグルを届けに来たのである。
銀が作ったゴーグルは1年は軽く待たねば手に入らぬ。それが巷の常識となっていた。
その銀の新作のゴーグルだ。
好事家から見れば、札束をいくら積んでも欲しいという物だった。

「いらぬ。」
そんな有り難いゴーグルを見て白哉は、一言。
天才眼鏡職人、銀銀次郎も形なしと言ったところだろう。
「そんなこと言わんと受け取ってください。」
「くどい。要らぬと言ったら要らぬ。
要らぬ物は受け取れぬ。」
「結構似合うと思うんじゃが・・。」
「用が済んだら帰れ。
ここはもうお前の来るところではない。」

すげ無い態度は変わらんな、と思わず苦笑いする銀だった。
と、そこで後任の副官の姿が見えない事に気が付く。
「そういや、わしの後釜は決まりましたか。」
「・・・まだだ。貴様の知ったことではない。」
途端に、機嫌が悪くなるのが分かる。
相当、苦労しているのだろう。

「なァ、隊長。」
「何だ。」
「もし、副官にエエのがおらんようじゃったら、どうやろ。
若うて、将来有望なモンを隊長が育てる言うんは。」
「何故私がそんなことをせねばならぬのだ。」

「まあ・・・わしが言うんもなんですけど、エエ人材言うんはおらんもんです。
育てな、エエ人材は増えんとわしゃ思いまして。
朽木隊長みたいになりたい思う若いもんはヤマほどおる。
そういう、やる気のあるのを副官に育て上げるっちゅうのも、わしゃ、大事な事やないかと思うとるんじゃが・・・。

わしゃ、朽木隊長は、そういうこともして欲しいて思っとるんです。」

「・・・・・。
辞めた者が口出すことではない。下がれ。」

無表情の元上司に言われ、死神の時と同じ礼をして部屋を去って行く銀。

「・・・・下らぬ事を・・。」
白哉が珍しく独り言を漏らす。
銀は、隊の事を思って行動する男だった。
一人一人の隊員の様子を銀ほどよく知っていた男はいない。
恐らく、六番隊において隊員の事を一番よく分かっていたのは銀だろう。それは認める。

『若く、有望な者を』・・か。
銀が去り、隊の雰囲気が重くなりつつあることを白哉自身が感じている。
やはり、後任の副官にも銀のようなおおらかさは必要なのかも知れぬ。

ふと、推薦状の中から一人の候補の事を思い出した。
取り出して見る書類には顔写真が貼られている。
紅い髪をした、いかにも気の強そうな若者だ。

「・・・阿散井恋次か・・。」


恋次が、副官に任命される1か月前のことだった。






なんちゃって。

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