醍醐の花見(護廷十三隊

満開を過ぎた桜が、静かに花びらを落とし始める頃

・・・その宴は行われた。


発案者は一番隊隊長にして護廷十三隊を統括する山本元柳斎重國。
山本が発起人となることは稀だ。
それゆえ、只の花見であれば参加せぬ隊長たちも渋々ながら参加する。

それでも13人の隊長が揃うのは実に珍しい。
急な任務で誰かしらは欠けてしまうのが常だが、その年は13人の隊長が顔を合わせることになった。

1000年以上の歳月を経た桜の古木が並ぶ庭がある。
護廷十三隊の隊長のみが花見を許される場所だ。

その中でも2000年近い歳月を経た最も古く、最も幹の太い桜の下に13人の隊長が座していた。
イ草の香りのする敷物の上には、漆塗りの黒い光沢を放つ重箱が十三。
その中には見るだけでも美しい花見の肴が並んでいる。
白一色の酒器には、吟味された酒が満たされている。

「此度は十三人の隊長全てが集うことが出来、実に喜ばしいことである。
隊長全てが宴につく事は稀じゃ、皆今日は心行くまで花を楽しむように。」
山本の合図で乾杯がなされる。
十三の杯が一斉に傾けられた。

宴といっても、隊長たちは個性の強いものばかりだ。
話が弾むわけではない。
山本の前には教え子でもある浮竹と京楽が座り、酒の相手をしている。

狛村と東仙は実に静かにお互いに酌をしながら呑んでいる。
狛村はいつもは酒は呑まない。・・・だが東仙とならば酒を呑んだ。
一方砕蜂は酒が全く呑めない。重箱をつつくのが専門だ。
その隣には卯ノ花が座し、砕蜂に穏やかに話しかけるも会話が弾んでいる様子ではない。

日番谷は藍染と席をともにしていた。
会話の内容は専ら藍染の副官であり、日番谷の幼馴染みでもある雛森の話題だ。
最近の雛森の様子を穏やかに話す藍染の言葉に日番谷は興味がなさそうにしながらも一言一句聞き逃さず聞いている。

市丸は同年代ということで朽木の隣に座してはいるが、何かと話を振る市丸に無表情の朽木が答えるは単語のみのつれない返答だ。
しかし市丸もそれを反って面白がっている様子でもあった。

更木と涅は全くそりが合わないにも関わらず、同じことを考えていた。
『花見なんてつまらねえ。早く終わればいいのによ。』
・・・更木の言葉でいえばこうなる。
この二人は『つまらない』という感情を表に出しながらも、黙々と杯を傾けていた。

そんな折だ。
「折角、十三人が揃って花見をしているんだから、浮竹。
何かやろうじゃないの。」
京楽がいきなり話を持ち出した。

「何だいきなり。」
「お前さん、久しぶりに舞いなよ。『尺魂』を。ボクが唄ってあげるからさ〜。」
「カンベンしろよ、京楽。一体何年舞ってないと思ってるんだ。」
「それを言うなら、ボクも同じことさ〜〜。なんだか久しぶりに見たいんだよ〜〜。」
これには流石の浮竹にも参った。

『尺魂』とは剣舞だ。
この舞は、浮竹がまだ学院時代のころ教養として教わった。
太刀筋が舞いに出るため、天才的な剣の冴えを見せていた浮竹の『尺魂』は芸術そのものだったと聞く。
京楽は唄の名手というのは有名だ。
これ以上ない組み合わせといえよう。

「おお!それはよい。わしも久しく見ておらぬ。
浮竹よ、わしからも頼む。ここはひとつおぬしの『尺魂』を見せてはくれぬか。」

この言葉には流石の浮竹も断りにくい。
そこへ思わぬ追い討ちがきた。

「僕は浮竹と京楽の二人で舞う『尺魂』を是非見たいと思っているんだが・・どうかな。」
・・・藍染だった。京楽もこれには驚いた。
「おいおい、惣右介君。それじゃ、唄はどうすんのさ。流石に唄なしじゃ出来ないでしょ。」
「唄なら僕がやろう。」
この言葉に十二名の隊長の手が止まる。
「藍染?!!お前が?!!」
皆が驚くのも無理はない。藍染が唄うところなど、誰も聞いたことがないからだ。
「駄目かな。どうせ余興だ。恥をかくならこの僕だし、どうか見せてくれないか。」

そこまで言われれば、浮竹も京楽も引く事は出来ない。立ち上がり桜が枝が折り重なっている下の少し広い場所に移動した。

「おいおい。この上オヤジたちの舞を見ろってか?藍染。」
うんざりした様子で日番谷が言う。
「ははは。すまないね、日番谷君。でも・・君の言うオヤジの舞も・・案外捨てたものではないかもしれないよ?ま、所詮は余興だ。広い心で見てくれないか?」
「ったく。しょうがねえなあ。」

そして・・・
「ではいくよ?」
そう言って、藍染の唄が始まった。

『我等は死神
この世の調和を司る者』

あまりの美声とその唄の上手さに浮竹と京楽の動きが後れる。
しかし素早くお互いに目配せをした後、抜刀し舞い始めた。

その二人の見事な舞に・・他の者は自らの杯に桜の花が入るも気付かず魅入る事となる。

『我等は死神

この世の調和を司る者

そしてこの世の秩序を護る者なり

誇りに生き 誇りに死する我等の志は

如何なるものも 挫く事あたわず

如何なる試練も 妨ぐる事あたわず

只我等は この斬魄刀に己の全てを賭けるのみ

死すらも誇り 

誇りなくして 死神たりえるものはなし。』


風はない。
無風の中に桜は舞う。

舞う二人の旧き盟友を祝福するかのごとく。

桜は舞い、二人の剣は冴え渡る。

唄も終わりに近づいた頃だ。
藍染の唄に笛の音が加わった。
東仙だ。東仙も笛が名手であることを隠していた。

打ち合わせもなしに、もう一度最初から藍染が唄いはじめる。
そしてまた二人の死神は舞う。

幻想的な情景だった。
普段何物にも動かされない者たちが惹き込まれるほどに。


そして舞が終わった後、数瞬をおいて山元が拍手をして褒め称えた。
「・・見事じゃ。
見事であった。この山本、魂の底から感服したぞ。」

見ていた者たちが己の杯に目を移した時、杯の中には桜の花びらが入っている。
朽木は無表情にそれを見やり、頭上の桜の古木を見上げた。

雪の降り初め如く、花は散る。


そして皆が一斉にまた杯を傾けた。



『・・・これで、ここの桜も見納めやなあ。』

誰かが小声で呟いた。





なんちゃって。

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