代償(日番谷冬獅郎)

俺はそう好き嫌いが多い方じゃねえと思うが、一応嫌いなもんくらいはある。

・・・「健康診断」てやつだ。


別に健康診断が悪いわけじゃねえ。
健康診断につきものの、身体計測が嫌いだ。

何故なら、毎年言われる事が決まってるからだ。
四番隊の卯ノ花から毎年言われる事は決まっている。

「そうですね・・。
特に問題があるというわけではないのですけれど・・・。
成長期のお年にしては、少し伸びが緩やかかしら・・。

でも、個人差もありますから・・お気になさる事は無いと思いますけれど・・。
急に伸びる方もいらっしゃいますし・・。」

・・・別に気にしてねえ。
どっちかって言うと、気にしてんのはそっちの方じゃねえのか?卯ノ花。
こっちは毎年毎年同じような事聞いてる気がするんだがな。


ガキの体で、将来どれくらいデカくなるのかを手足の大きさで予測するというのがある。
それで言うと、俺はデカくなるほうだろう。

でも、俺の背はあんまり伸びねえ。

卯ノ花からも言われた事だが・・・ガキの体にそぐわない霊圧を持ってる為に、体の成長が阻害されてるからだ。
隊長クラスの霊圧をガキが持ってれば、当然ながら体の方に負担がかかる。
その負担が、俺の身体の成長を鈍くさせてるって訳だ。


・・というか・・その分まで霊圧になってんのかもしれねえがな・・・。


しかし、今年の卯ノ花は、何時もの言葉の後に俺にある提案をした。

「日番谷隊長。
既にお気づきだと思われますが、あなたの持つ強大な霊圧はあなた自身の肉体の成長を阻害していると考えられます。
このままではあなた自身のお体のほうが、その霊圧に耐え切れなくなってくる事も考えられます。」

「・・それで?」
「あなたの護廷十三隊における重要性は今後益々増してくるでしょう。
もし・・今のままであなたにもしものことがあっては、あなただけでなく護廷十三隊にもダメージを与えると私は考えます。

そこで、提案なのですが、1年ほどあなたの霊圧のレベルを少し落とすようにしてはどうか、と。

そして、その間に阻害されている肉体の成長を促進させるのです。
肉体が成長すれば、霊圧と肉体のアンバランスは大分解消されると考えられます。
そうすれば、長期的にもあなたにプラスであると私は考えます。

・・いかがでしょうか・・日番谷隊長。」
「・・霊圧のレベルを落とすっていうのは、更木みたいに霊圧を何かに食わせるてえのか?」
「・・いいえ、違います。」

「・・・・。
最大霊圧そのものに制限をかけるって言うわけか。

つまり、俺の今持ってる霊圧を強制的に副隊長クラスにまで下げるって言う事だな?」

「その通りです。持っている霊圧そのもののレベルを落とすのです。
一時的ではありますが・・・。

もちろん、その期間中にも十番隊隊長としての責務と業務は変わりませんけれど・・。
その間はご不自由にはなりますけれど、その後は随分楽になると思われます。

ですので・・」

「断る。」
「日番谷隊長・・。」

「ざっと、思いつく理由を挙げれば、まず隊長としての霊圧を一時的にせよ持たねえ奴に、隊長をやる資格はねえ。
二つ目にはそれをやっても、確実に体が大きくなる保障はねえ。
三つ目には、この人材不足のときに、護廷十三隊でも俺をレベルダウンさせられる余裕はねえはずだ。

それで、これが最大の理由だが・・

俺は今のままでも別に困ってねえ。
今持ってる霊圧に満足してるわけでもねえ。

・・後ろに下がってるヒマはねえんでな。だからその話は断る。」

「・・日番谷隊長」
「だが、俺を心配してくれているのには礼を言うぜ、卯ノ花。」


・・そう。後ろを見てるヒマなんて俺にはねえからな。



その夜の事だ。


俺は何故か、真っ暗闇を歩いていた。おまけに何も着てねえ。
「なんだ、夢か。」
状況で直ぐに俺は、夢かどうか分かっちまう。
だからといって、直ぐに覚めれるわけでもねえけどな。

ガキにすれば、手足はでかい方だろう。
脛から踝までの骨も確かに長い。

・・だが・・ま、ガキには変わらねえけどな。
鍛えてるつもりだが、ガキの体にはそう筋肉なんざつかねえもんだ。
実際、スピードと俊敏さを出すためには余分な筋肉はいらねえし。

早く覚めればいいと思いつつ夢の中を歩く。
すると闇の中に楕円の大きな鏡が現われた。
もちろん、映るのは俺だ。

大きな目。細っこい肩。
何処をどう見てもガキの体に、眉間の皺がさらに寄るのが分かる。
死神になって、眉間の皺がさらに深くなったと雛森にも言われていた。
当たり前だ。ただでさえガキだ。ナメられねえようにしてりゃあ、眉間の皺も深くなって当然だろう。

睨みつけていた、鏡の中の俺の像がユラリと揺れる。
揺れた後の俺の像は・・俺よりも頭2つ高かった。

明らかに顔に対する目の割合が減っている。
外見年齢は明らかに雛森よりも上だ。
肩の上の筋肉がまだ薄い・・ってことはまだ伸びるって訳だ。
目だたねえが、胸板も腹筋もちゃんと訓練して鍛えてるのが分かる。
その下は・・ち、見るんじゃなかったぜ。

益々皺が寄るのが分かったが、鏡の中の成長した俺の眉間の皺には変化は無い。
それどころか、俺に話しかけてきやがった。

『・・・なんで、例の話を受けねえ。

ガタイがでかくなりゃ、耐え切れる霊圧のレベルも上がる。
ガタイだって重要な武器だって、知り抜いてるはずだろ?
間合いが広がりゃ、戦い方も楽になるし変わる。今のお前はリーチの狭さを氷輪丸の技で大分補ってるじゃねえか。技をくぐられて、間合いを詰められれば、お前は一気に不利になる。

1年我慢すりゃ、今の俺になれるぜ?
これくらいになりゃ、元の霊圧にもどってもガタイの成長は止まりやしねえよ。


強くなりてえんだろ?



だったら効率を考えれば、話を受けた方がいいのは、分かってるはずだぜ?』

鏡の中の俺が言う。
腕組みされた腕は、まだガキの範疇に入るくせに、俺の倍くらいはあるだろう。
効率を考えれば、受けた方がいいだと?
そんな事は100も承知だ。お前に言われるまでもねえ。

俺が卍解出来る時間は、ガタイが持ちこたえられる時間だ。
ガタイが成長すれば、卍解して戦える時間がそのまま延びる。
つまりはそれだけで強さとしては上がることになるだろう。


「だからといって、1年といえども霊圧を落とす気はねえ。
俺は十番隊の隊長だ。隊長が隊長クラスの霊圧を持ってなくてどうする。」

『・・違うだろうが。
お前の護りたい奴を護るためには、隊長にしがみつくしかねえってハッキリ認めたらどうなんだ?

なんてったって・・・向こうも副隊長だからな。』

「・・・・・関係ねえよ、そんなことは。」
『さらに言えば、お前が隊長になって向こうを追い抜いてるのに、肝心の向こうは何時までたっても年下の弟分だ。
まあこれで、お前が霊圧を下げれば、「私がシロちゃんを守ってあげる」とか平気で言うだろうな。』
「・・・・煩せえ。」

『やっぱガタイなんじゃねえのか?
向こうは大人の男が好きなんだろ?

せめて向こうの背は追い越さねえと、話になんねえ。』

「・・・・・・。」
『受けろよ。

そうすれば・・・・こんな事も出来るぜ・・?』

さらに鏡の中がユラリと揺れる。
現われたのは・・相変わらず何も着てねえ成長した俺と・・・あれは・・あの団子みてえに髪を後ろで括ってんのは・・・。

・・・雛森・・!

こっちに背を向けている。鏡の中の俺の肩口に顔を埋めている。
表情は見えねえ。泣いているようにも見える。

『俺』が雛森の肩に手を回す。
(今の俺には出来ねえ)

もう片方の腕がゆっくり上がる。
(背も手の長さも足りねえからだ)

そして、優しく雛森の頭を撫でている。
(・・知っている。雛森が甘えられる男に弱い事も)

耳元で囁くのがわかった。
『大丈夫だ・・。俺が護ってやるから。』
囁かれた雛森の肩がピクリと振れる。
(・・・やめろ・・。)

鏡の中の『俺』はさらに挑発的に俺を見た。
『今のお前は・・満足にこいつを胸で泣かせてやる事さえ出来ねえじゃねえか。
・・・それでも・・男なのか・・?』

「・・・煩せえってんだろうが!!」

ピシリと鏡が凍りつく。
鏡の中の『俺』も雛森も動かなくなった。

「ああ・・質問に答えてなかったな。

・・ガキだろうが、ジジイだろうが、男は男だ。

俺は話を受けるつもりはねえ。
確かに、今のガタイでハンデがあるのは認める。

だが、俺には1年も立ち止まってるヒマはねえ。
俺はデカくなるのと霊圧のどちらかを取れ、といわれれば、間違いなく霊圧を取る。
あいつを護れねえ時間を作るくらいなら、ガキでいたほうがよっぽどマシだ。

重要なのは・・・泣きたいときに貸せる肩をもつことじゃねえ。
護るべきときに護れる腕だ。
そのためにその腕がガキのまんまだとしても、俺は後悔しねえ。

・・・それに何か誤解してるみてえだが・・・。

俺はこのガキのまんまでも、もっと強くなって見せるぜ?
必ずだ。」

鏡面に大きくひびが入る。
そして、大きく割れて崩れ落ちていった。


・・目が覚めると・・何時もの朝の風景だった。
「・・つまらねえ夢見ちまったな。」
記憶力がいいのも困りものだ。夢の内容くらい忘れてもいいんだがな。



人は何かを得るために、何かの代償を払うという。



俺は力が欲しい。
大事な物を護れる力が。


ガキで居続けることで、それが手に入るってんだったら・・・


そんなのは、安い代償だ。



・・・少なくとも俺にとってはな。





なんちゃって。

inserted by FC2 system