デカンタージュ(藍染・市丸・東仙)

<デカンタージュ>
デカンタージュとは、ワインの澱(おり)などを除くために、瓶を静かに傾斜させて
上澄み部分を他の容器に移すこと。
専門の容器をデカンタと言う。大体はガラス製。
ワインを空気となじませ、芳香を高める効果にも用いられる。


藍染の私室。
白い円形のテーブルに3名の男が席についている。

この男たちこそ、尸魂界を前代未聞の混乱と悲劇に陥れ、尚もその脅威を与え続けている者たちだ。
・・そう。藍染惣右介、市丸ギン、東仙要の3名である。

「先ほどはすまなかったね、君たちには立たせてしまって。」
藍染が言う。
口調はあくまで穏やかだが、低く冷たいその声は、正しく虚圏の頂点に立つ者の声だ。

「・・いいえ。私の職務ですから。」
あくまで、東仙は部下として答える。

「気にせんといてください。ボクも破面たちとや同じ席に着く趣味もないし、一緒にお茶飲む趣味もありませんしねえ。」
ギンはいつもの独特な笑顔を崩さない。

「破面たちとは・・か。
実に君らしい意見だね、ギン。」
「そやかて、所詮あの子等は藍染隊長の実験材料やし。
ま、手駒に使わせてもろてるんやから、それ相応に扱わんといかんけど。」

「・・しかし・・グリムジョーには困ったものです。
一度ならず、二度までも藍染様のご命令を聞かずに、自分の判断で動こうとするとは・・。
やはり、それ相応の制裁が必要なのではないかと・・。」

東仙は、独断で突っ走ろうとするグリムジョーに、明らかに嫌悪を抱いているようだった。

「グリムジョーかい?確かにあまり懲りていないようだったね。」
面白そうに、言いながらも藍染が立ち上がる。

「お茶を飲めなかった君たちにはこれをどうかと思うんだが・・・呑んでいくかい?」
予め用意しておいたのであろう。飾り棚の上には一本の古い赤ワインが冷やされている。
「シャトー・ラトゥールの82年物だ。」
「そりゃまた高そうなシロモノですなあ。」
「82年というと、あの当たり年のですか?」
「良く知ってるね、要は。・・で、どうかな?」

もちろん、二人に異存はない。
すると藍染自らワインの栓を器用に抜く。
「エライ慣れてはりますなあ。」
「そうかい?そういや、君の前ではやったことがなかったかな。
澱があるから、デカンタージュさせてもらうよ?」

古くなったコルクを器用に抜き、クリスタルのデカンタに移しかえる。
ワインボトルの底に溜まった澱を入れずに、上澄みだけを移し変える。
静かで優雅な動作だ。

一連の動作に魅入っていた東仙が、藍染のデカンタージュが終わった段階で切り出した。
「グリムジョーのことですが・・・やはり他の者にも影響を与えかねません。
藍染様さえ許可頂ければ、厳しく指導いたしますが・・。」

「ボクでもエエですよ?こちらの言う事よう聞くよう・・・躾け直しますけど。」
ニヤリと笑って言うギン。

「・・・グリムジョーは私以外の命令は聞きたがらないからね。
君たちにはつい反抗的な態度を取ってしまうようだ。」
「そやから、面白いんやありまへんか。『躾け』るのが。」

「君たちの手腕は分かっている。
しかし、もう少し様子を見たいんだが。

彼等がどんな判断で動くのかも見極めたい。
グリムジョーも、飼いならされてはただの『犬』になってしまう。

・・それではつまらないだろう?彼は飼いならされてないからこそ、価値があるというものだ。
私は、彼から『彼らしさ』を奪う気は無いよ。」

そして、藍染は3つのグラスにデキャンタージュされたワインを注いでいく。

「物事には加速できる物と、出来ない物があるものだ。
出来ないものを無理にスピードアップさせようとしても、失敗するだけだよ。
ちょうど、このワインの飲み方のようにね。
焦れば澱が上に上がって、価値を損なってしまうものだ。」

「ま、確かに無理に躾けようとしたら、余計反発して処分になるか、ただの飼い犬になるかのどっちかですわなァ。」

「・・・藍染様がそう仰るのであれば・・。」

「ありがとう。さあ、乾杯しよう。
我々の未来に。」

深紅の液体が入ったグラスが合わされる音がする。
漂うは芳醇で完成された香気。
そして、それはゆっくり傾けられた。




・・・待つことによって、数倍の価値になることがある。

上澄みと澱を分けるには、待つしかない。
焦っても無駄だ。

その待つ余裕が無い者は・・・澱ばかりを飲む事になるだろう。


・・・待てる者だけが・・至玉の美酒を味わえるのだ。




なんちゃって。

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