「伝説を創る者」

真央霊術院。
2千年を誇る歴史を持ち、鬼道衆、隠密機動、そして護廷十三隊に所属する若者たちを育成する学院である。

各部門のエキスパートたちがその講師として迎えられ、最初は何も知らなかった若者を各部署の実戦配備に耐えうるよう鍛え上げる。

その講師たちに「一番印象に残っている生徒は?」、「あなたが担当した中で最も才能のあった生徒は?」といった質問をすれば、必ず出てくる名前がある。其の者の名は・・・

「日番谷冬獅郎」と言う。

講師たちの間では、彼は密かにこう呼ばれていた。
「神の子」

学院に入るには当然試験がある。
知識と身体能力を試すテストだ。
それぞれ一定以上の得点を挙げるか、もしくはどちらかが全受験者の中で5位以内であれば、入学を許される。
年齢は問わない。

日番谷冬獅郎はこの入試の段階から飛びぬけていた。
入試当日、門の中へ入ろうとした彼を警備員は迷子と勘違いし、中へ入れようとしなかった。
受験票を提示した彼を、何かの間違いではないかと警備員は本部に問い合わせたほどだ。
ほどなく中へ入ることを許可されるのだが、幼い彼の風貌は受験生及び講師からも注目を集めていた。
「受かるはずが無い」誰もがそう思っていた。
「学院の入試レベルは高い。こんな幼い子供には無理だ。」

そして・・彼は合格する。
知識及び身体能力どちらも全受験者中1位を記録して。

それから伝説は始まった。

学院入学最年少記録及び主席入学最年少記録の2つの記録を作って入学した彼は、次の日、入学時に受け取った教科書全てを持って職員室に現れた。
次の学年の教科書を欲しいというのである。講師が理由を尋ねると、「1年の教科書は全て覚えてしまったから。」と彼は答えた。
絶句した講師は、そんなはずがないと、ためしに内容を聞いてみると、彼はすらすらと答えた。
事態に驚いた別の講師も加わって、理解度を含めた質問がかわされる。
入学式の翌日の職員室が急遽学年末の試験会場と化した。

そして、その日職員室を出た彼の手には2年の教科書があったのである。

1ヶ月後、全ての教科をクリアした彼は、11組に席を置きながらも、他の学年の授業を好きに受けてもいいという、これまた学院始まって以来という特例措置を受けることとなる。

霊術院には、特に優秀な生徒を卒業前に護廷十三隊に推薦すると言う制度がある。
しかし、それも数年に1人出るかどうか。過去に推薦された生徒はいずれも五席以内になるという、『天才』のみだった。

そして彼の名は入学から3ヵ月後、護廷十三隊に推薦されることとなる。

彼の幼さがいじめの対象とされたのは入学式当日のみだった。
彼自身の実力と講師すらも崇拝の対象とさせてしまう才能は、もはやいじめの対象にはならなかった。
生徒たちは彼のことを、良くも悪くもこういった。「天才児」だと。

1年の終わりには、彼に何も教えることが無くなった講師たちが、連名で嘆願書を作り、彼の即時卒業と護廷十三隊入隊を学院長に求めた。
学院長は直ぐに護廷十三隊にその旨を伝えたが、「あまりにも若すぎる。才あるものならば、なおさら人と交わり精神を鍛えることも重要」との返答があり、卒業は却下された。

そこで、講師たちは逆に彼を講師たちの助手として生徒を教える立場に置かせた。
自分より子供に教わると言う反発はかなりのものがあったが、日番谷冬獅郎は実に粘り強く対応し、生徒からも信頼を得ることとなる。

2年の半ばごろ、もう一度学院長が護廷十三隊に掛け合うも、やはり返答は同じだった。
そして、その年の冬。日番谷冬獅郎は学院在学中、しかもまだ2学年にもかかわらず、己の斬魄刀の名を知るという、これまた学院始まって以来の伝説を造る。

最早、護廷十三隊も彼の卒業を認めないわけにはいかなかった。
奇しくも彼の卒業は、彼の幼馴染みである雛森桃と同時期となった。

そして、その卒業当日。
「行ってしまいましたね。なんだか寂しくなりますな。」
「おや、つい先日まで教えることが無いとこぼしていたように思いますが?」
「そうでしたかな?しかし、最初から最後まで記録ずくめの生徒でしたな。」
「まったくです。でも、先生。気づいてました?日番谷ですが・・・一度も自分のことを<天才>だなんて言わなかったことを。」
「気づいてましたとも。あれだけ飛びぬけていながらも、自分の才を驕ったようなことを一言も言いませんでしたな。子供だったら普通自慢するでしょうにねえ。」
「驚いたのが、自分が記録を作っていると全く知らなかった事ですね。あれだけ記録を作っておいて、『そうでしたか。知らなかったな。』と来たもんです!とどのつまりは『記録なんてものはいつかは破られますから、あまり意味はありませんよ。』ですよ?!!」
「彼はあまり見せませんでしたが、努力もしてましたからねえ。我々を手伝っていた時、覚えの悪い生徒のために、自分でテキストを遅くまで組んでいるのを見かけたときには、なんだか涙が出ましたよ。ああ、こんな風に努力してきたのか、と思いましてね?」
「・・・・寂しくなりますな・・・・。」
「・・・そうですな・・・。もう、あんな生徒はでないでしょうな・・・。」
「私・・・。彼に聞いたことがあるんですよ。護廷十三隊に入ったらどうしたい?ってね。」
「なんて答えました?」
「隊長になる、って即答しましたよ。なんでも護りたい者がいるみたいでしてね、その者を護るには、隊長になるのが一番手っ取り早いのだと言っておりましたが。」
「とすると、死神ですな、その者は。」
「でしょうな。しかし、その者は幸せ者ですな、なんせ『神の子』に護られるわけですから。」
「・・・隊長になりますかね。」
「分かりきったことを聞かんでください。なりますよ。また伝説を造ってね。」

在学年わずか2年。彼の名は学院の歴史に深く刻まれることとなる。

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