永遠の刹那(朽木白哉)

ある年の霜月の二十日。
その日は平日であるため、何時もの如く死覇装の着替えを差し出した妻に、寝間の姿の白哉が言う。

「今日は平服でよい。」
「・・はい?」
今日は休みであったかと記憶を探るが覚えがない。思わず小首を傾げる妻に白哉が続ける。
「・・・休暇を取った。
朝餉を取れば出かける。お前を出かける支度をせよ。」

何から何まで突然だ。
大体仕事熱心な白哉が平日に休暇を取るということ自体が非常に珍しい。
非常に言葉少ない白哉だが、あらかじめ決まった予定は分かった段階で妻にはそのつど伝えている。無論、多忙な隊長職を務める白哉だ。突発的な理由で予定が変更になる事は多々あったが、基本的に自ら決める予定においては、妻に伝えるのが常だった。
休暇を取るのであれば、通常であれば取る前に必ず妻に伝えている筈だ。
戸惑いながらも、妻は白哉に尋ねた。

「出かけるとおっしゃいましても・・どちらへ?」
それに対し、白哉はいつもの如く言葉少なく返した。
「・・来てみれば解る。」

そして・・・暫くして朽木の屋敷を立派な牛車が門をくぐり出立した。
白哉は単身動く時、いかなる遠方であろうとも車は使わない。
一人で動いた方が断然早いということと、辿り着くだけで疲弊してしまうような鍛錬などしてはいないからだ。
ただ、妻と出かけるときには必ず車を使った。しかも人力車ではなくなるべく人目が及ばない牛車を使う。

それには苦い経験があるからだ。
妻の輿入れの経緯については平民の恰好の噂話のもとになった事もあり、妻が好奇の眼に晒されるのを避けるためである。以前、妻と歩いて外出した際、心無い平民からこれ見よがしに「へえ〜、あれが朽木の跡取りを誑かした女?可愛い顔してるけど、いやあ〜〜、やるねえ。」と言われ、妻が蒼白になって俯いてしまった事があった。
すかさず自らの体で、平民からの視線を遮り、視線一つでその平民に冷や汗を垂らしながら口を噤ませた。尚も、その無礼な平民を睨みつけたまま、「・・・屋敷へ戻るぞ。」と踵を返した。
なるべく平常を保とうとしているが、それでも妻の動揺は暫くは続いていたのを白哉はよく知っている。

ゴトゴトと歯車が回る音が聞こえている。それに伴い牛車にも震動が伝わってくる。
『・・流石に鈍いな。』
窓越しに一向に移り変わらない、景色を覗く。抱えて瞬歩で移動した方が余程早いどころか、もう今頃は目的地についているだろう。
しかし、何の訓練も受けていない者を長距離の瞬歩に付きあわせる訳にはいかぬ。たちまち目を回して昏倒してしまうだろう。
行き先を教えていない妻は気になるのか、ちらちらと横顔を覗いているのが分かる。
だが、何処に行くのか、と同じ質問はして来ない。先ほどの問答で白哉が目的地に着くまでは教える気が無い事を悟っているからだ。

「・・この頃は、何をして過ごしているのだ?」
当たり障りのない会話と言うものが苦手な白哉が、それでも会話の口火を切る。
「・・はい。執事の方にお茶やお花を教わったり、縫物などをしております。
あとはしきたりや作法の講義も、していただいております。」
「・・そうか。学ばねばならぬ事は多いと思うが、励むように。」
「はい。白哉様。」
「だが、いきなり全てをやろうと思ってはならぬ。出来る限りでよい。・・よいな?」
「・・はい・・白哉様・・。」

それで会話は終わる。実に短いやり取りだ。
しかし、この二人にとってはそれで十分だった。

やがて、牛車は目的地に着く。
朽木家の所有する森だ。
そこには・・・・朽木の屋敷ではまだであった、紅葉がまさに盛りだった。
真紅の色の紅葉、真黄色のイチョウ。
木々がまるで絵具で染められたかのように色鮮やかに色彩を放っていた。
風にあおられて舞う赤や黄色の木の葉たち。

「まあ・・・なんて・・・・!」
美しさに声を失う。妻の背後からは穏やかな声がかけられた。

「・・気に入ったか?」
振り向けば少しばかりいつもと違う白哉の表情。
恐らく他の者が見ても分らない機微。
『なんて穏やかな・・優しいお顔・・。』

この景色を見せたくて、忙しい所を白哉は休みを取ったのだ。
・・・・自分の為に。
体調がすぐれぬ時でも隠されて出隊されるのに・・・。

・・・自分の為に・・・。

「・・・これを。お前に。」
渡されたのは紫の袱紗。中に何かが入っている。
広げてみれば、手に入る程度の小さな手鏡だ。
見事な光沢を放つ漆黒の漆に、真紅の紅葉の文様。金の細工がされているが、豪華過ぎず品よく抑えられていた。

「・・・これならば邪魔にはなるまい。」
白哉は知っていた。妻が豪華な大がかりな物よりも、何時も肌身離さず持てる小さな物を好むことを。
妻の事をよく理解していなければ出来ない事だ。忙しいながらも自分をこれほどまでもよく見てくださっているのか・・・。

・・・白哉の優しさを感じた。
白哉は確かに口数少なく、時には非情とさえ言われることもある。
ただ、余人に言われるような感情の無い方では断じてない。
優しく、そして細やかな気配りが出来る方なのだ。

・・・そう・・・こんなにも・・・。

知らず目頭が熱くなる。
不意に白哉に目元を拭われて自分が涙していることを知る。

「・・・今日が誕生日であったな。
・・お前に、祝福を。

・・お前が生まれたこの日に・・祝福があらんことを。」

「・・・ありがとうございます・・・白哉様・・。」
「・・気に入ったか・・?」
「・・はい。

・・・申し訳ありません・・。」
「何故詫びる。」
「・・こんなにも私に良くしていただいているのに・・。

・・私には白哉様に何もして差し上げられない・・。
・・・ご無事を祈ることしか・・・

・・申し訳ありません・・。」

「お前は何かする必要など無い。」
言いきられて、思わず顔を上げる。何も自分は期待されていないのだろうか。

「お前がせねばならぬことは・・ただ・・私の傍に居ることだ。」
「!」
「よいな?」
「・・・はい・・。」

後は言葉は必要は無い。
ただ二人で舞い散る木の葉の美しさに目を向ける。

「・・・冷えてきたな。帰るぞ。」

不意に差し出された手に、おずおずと己の手を添えれば、ヒヤリとした冷たい何時もの白哉の手だ。この冷たい手の持ち主が、どんなに熱い心を持っているのか・・知る者は少ないだろう。

赤や黄色の舞い散る木の葉の中を手を引かれて歩む。
この時は一瞬だ。

刹那でしかない。

・・・ただ、この刹那の中に確かに永遠がある。



・・・・・歩む二人はその事を確信していた。





なんちゃって。

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