円窓(浮竹十四郎)


12月21日の事だ。

護廷十三隊の旧き盟友が語らう声がする。

「お前さん、今日が誕生日だろう。
ま、どうせ十三番隊の連中が手ぐすね引いて祝ってくれるんだろうけど、ボクも参加してもいいかなあ。
この頃誰かと呑む機会が減っちゃってねえ。」

「それはかまわないが・・。いいのか?抜け出しても。」
「そりゃもう〜〜!うちは七緒ちゃんていう、優秀な副官ちゃんがいるからねえ〜〜。」
「ははは。おまえらしいな。いいとも京楽。確か・・・6時からとか言っていたが。」
「わかった、じゃ、よろしくね〜〜!」

その日の十三番隊は・・・もちろん物凄いことになっていた。
何処の宴会場かと思われるほどに飾り立てられ、正面には「浮竹隊長、お誕生日おめでとうございます」という朱で書かれた横断幕がかかっている。
浮竹があまり酒が飲めないため、料理は山ほど用意されていた。
6時に京楽が来て見れば、既に宴会が待ちきれずに始まっているという状態だった。
多くの部下に心底から愛されているのが分かる。
浮竹も多くの部下に慕われている事を嬉しく思っているのだろう。
表情も和やかだった。
自らの誕生日というよりも、部下が楽しそうにしているのが嬉しいのに違いない。

「さて、押しかけておいて何なんだけど、お前さんの欲しいものっていうのがよく分からなくてねえ。何も用意してないんだけど・・何かボクがプレゼント出来るようなものとかあるかなあ。

あんまり長い付合いだと、逆に分からなくなるねえ。」
「特に何もないんだが・・そうだな・・・・。」
しばし考えて浮竹が欲したものは京楽の予想外のものだった。

「確か、ずっと昔にお前のところの別荘に連れて行ってもらったことがあったと思うんだが・・あそこはまだあるのか?」
「瞑想庵のことかい?ああ、あるにはあるけど。それがどうかしたのかい?」
「またあそこの円窓から庭を眺めてみたいんだが。」
「そりゃもちろん。」


・・瞑想庵。
上流貴族である、京楽家の別荘の一つだ。
別荘といっても、人気のない山里の極小さなものだった。使用人部屋の他には三部屋しかないもので、庵と言った方がいいだろう。
周りにあるものは自然だけだ。
京楽家の者も、此処を利用するものはほとんどいない。

しかし、初代が作ったこの庵は、ある特徴がある。

そう広くはないが、庭だけはかなり力を入れて作られている事だ。
そして、その庭を望めるように庵が建てられているわけであるが、部屋の一つがまた変わっていた。
肝心の庭の方に壁があるのだ。壁の一つに丸い窓が一つ。壁をくりぬいて作られている。

まだ副隊長にもなってなかった頃だったか・・・肺病を患う浮竹に、「空気はいいから来て見るかい?」と来させたことがあったのだった。
浮竹は何故か、その円窓が気に入ったらしく、ずっとそこから外の様子を眺めていたのだったが・・・。

「誕生日のプレゼントになるほど、お前さんが気に入ってたとは知らなかったねえ。」

後日、浮竹の休みに行く事になった。

その日の天気はあまりよくなかった。雨こそ落ちては来ないが、どんよりとした雲が空を覆っている。おまけに寒い。降るとすれば雪になるかもしれない。
気が引けたが浮竹の調子は幸いにもよさそうなので、向かう事にした。

庵につく頃にはとうとうちらほらと雪が降り始める。
京楽は着いた途端に、使用人に風呂を沸かさせ、浮竹を真っ先に入れた。
出てくると交代で、自分も温まる。
風呂から上がると、浮竹は早速例の円窓の前で正座して外を眺めていた。

京楽も、窓がある壁とは違う壁側に陣取り、酒を飲みながら円窓から外を見る。
窓の正面に座る浮竹とは別の角度で庭を見る。
ここが京楽の指定席だ。
正面から見たよりも、この場所から見た庭が、京楽は好きだった。

積もるような雪ではないが、まだちらほらと降っている。
円窓の正面は枯山水だ。岩と砂のみで宇宙を表現していると言われている。。
その庭を眺める浮竹の表情は、真剣そのものだった。
くつろいで見ているのではない。庭を見ながら己と問答をしているようだった。


『・・・・「瞑想庵」とはよく言ったもんだねえ。』

年を重ねてくると、無性に一人になって考えたいときがある。
ここは、まさにその為の場所だ。恐らく初代もそんな場所が欲しくて此処を作ったに違いない。

無言だった浮竹が暫く経ってからようやく声を出した。

「俺は・・・この世界に起こっていることのほんの一部しか見ていなかったんだな・・。
いや・・よく知っていると思った者のことでも、ほんの一部しか見えていないんだろう。
・・・藍染の件で、つくづくそれを思い知ったよ。」

「・・・惣右介くんのことは・・ボクもやられたねえ・・。
こんなに見事にやられるとは思わなかったなあ。

・・まあ、全部が見えている人なんていないよ。
現に山じいも、そうだったじゃないか。
何でもお見通しって思われてたあの山じいさえ、惣右介君に踊らされていたわけなんだし。」

「そう思ったとき・・無性に此処に来たくなったんだ。

ここは実に良く出来ている。
広い見事な庭がありながら、この部屋からはこの円窓から見える部分しか見えない。
俺は庭を見ているつもりでも、それはごく一部にしか過ぎない。

・・・今の俺そのものだといっていいだろう。

前に来たときも、気に入って見ていたが、ここまで奥が深いとは・・。
今になって初めて気がついたよ。

・・・・親友だと思っているお前の事も・・本当は知っているつもりになっているだけなのかも知れないな・・。」

「おいおい、何を言い出すかと思ったら。
お前さんは、ボクの立派な親友だし理解者さ。

他人を全部理解するなんてことは、所詮無理な話さ。
だって、別の人間なんだからねえ。事実ボクだって、お前さんのことを良く知っているつもりでも、全部知っているとは思っちゃいない。

でもそれでいいじゃないの。だからこそ、知ろうと努力するのさ。
理解しようと思うかぎり、それは無意味なんかじゃあないよ。」

「お前も・・此処に来たいと思う事があるのか?」
「実は・・結構来ててねえ。ま、ボクの定位置はここなんだけどね?」
「そう言えば・・そこからは何が見えるんだ?」
「来てみなよ。」
呼ばれるまま、京楽の隣に座った浮竹がみた円窓の外には・・竹林が広がっていた。
冬にもかかわらず、青々とした竹だった。

「竹っていうのは不思議だねえ。何でもあれくらいの竹になると100年以上の周期なんだって。
どんなに成長しても曲がらない。
どんなに節のある竹でも、縦に割れるときは、垂直だ。まさに筋が通ってる。

お前さんみたいじゃないか。お前さんの苗字に竹の文字があるけど、実にお前さんらしいと思うねえ。」

「・・俺は竹ほど丈夫ではないよ。」
「丈夫さ。お前さんの信念はくらい丈夫なもんなんてないよ。

年を取れば、いろんな波風を受けて誰だって少しは曲がってくるもんだ。
だけど、お前さんはボクが知り合ってから全く変わらない。
ボクがのらりくらりした性格をしているからねえ。
これでも尊敬してんだよ?」

「俺は・・お前の柔軟な所が逆に羨ましいと思う時がある。
割り切れ、と分かっていても出来ない自分が腹立たしく思う事もだ。

お前にはいつも助けられてきた。
恐らく俺の知らない所でも、これまでも助けられているんだろう。

お前には・・何時も感謝している。」

「別に何もしちゃあいないよ。お前さんと一緒に進みたいだけさ。
これまでも・・そしてこれからもねえ。

そうだ。感謝してると言うんなら、一つ頼みがあるんだけどねえ。」

「なんだ?俺で出来る事なら・・・。」
「長生きしておくれよ?浮竹。
少なくともボクの髪が白くなって、お前さんとおんなじ色になるまでは生きていて貰わなきゃ困る。」
「・・・何年あるんだ・・?お前が白髪になるまで。」
「さあねえ。でもやってもらわなけりゃ困る。」

「ははは。流石にそこまでは・・・」
といいかけた浮竹の肩が思いの外強い力で掴まれる。
驚いて京楽の方を向けば、強い視線とかち合った。

「・・・頼むよ。浮竹。」

・・・・囁くような声。

・・・本気だ。京楽は本気で言っている。
何時もの飄々とした態度からは、想像も出来ないだろう。
京楽は本気で話す時は、低く囁くように喋る。
だが、浮竹でさえあまり聞く事はない声だ。

強い視線に目が離せない。
その目の真剣さに・・浮竹は初めて知る事となる。

病が浮竹の命の火を消し去る時を・・自分自身よりも京楽の方が恐れている事を。

『・・・生きたいさ・・・。
何時までもお前とともに歩んでいければ・・と思っている。

・・しかし・・・』

浮竹の表情が、驚きから・・悩みの表情へと移り変わる。
寄せられた眉根には、誓ってやりたいという思いと難しいという現実との苦悶が浮き出ていた。

視線に耐え切れずに下を向く浮竹の頬に、髪が一筋垂れかかる。
そのまま俯いてしまった浮竹に声をかけようと・・京楽が声をかけようとした時だ。

「・・ああ。」
俯いたまま、浮竹が答えた。そのまま肩を掴んでいた京楽の手に己の手を重ねる。
そして、同じく強い力でぐっと握った。
力強く上げられる顔。

「・・ああ。約束しよう。」
京楽に負けない強い視線を返す浮竹の顔には・・何時もの笑顔がもどっていた。


「・・・嬉しいねえ。」
ほっとするような息をつくのは京楽だ。


その後は・・円窓から竹を見ていた。
同じ景色を同じ方向から見る事はそうそうない。
学院時代はよくあったものだが・・・。

年を経るにつれ、見る世界は広がっていく。
広がるにつれ、お互い違う景色を見るようになる。
浮竹は浮竹の。そして京楽には京楽の。

だが・・・彼らは確信していた。
心の奥底では・・・同じ円窓が開けられ・・同じ方向から世界を見ているということに・・。


ともに戦える事に喜びと誇りを抱いて



彼らは円窓から外を見る。






なんちゃって。


inserted by FC2 system