学院の双刀(浮竹と京楽)

「学院の双刀」こう言われる二人がいる。
一人は病弱ながらも、天才的な剣の冴えとその人柄により、多くの人望を集める若者だ。名を浮竹十四郎という。

もう一人は、のらりくらりとしていながらも、鋭い洞察力と正確な判断力を持つ。
その剣は剛の類に属するものの見る者に鮮やかな印象を与える。名を京楽春水という。

真面目な浮竹に、サボりの京楽。一見正反対ながら、この二人は盟友だった。互いがライバルとして、切磋琢磨して技を磨くもその絆は堅い。
この二人が試合う時、明らかにレベルの違う剣さばきに人だかりが出来ていた。
二人が並ぶと、妙に立ち寄りがたい雰囲気があった。そして何より華があった。

飛びぬけた実力を持つ二人は、チームの責任者を任されることがほとんどだ。
全員の無事を優先し、任務を遂行しようとする浮竹に対して、京楽は見込みの無い者は最初から外してしまう。人数が減る分、負担が増えるはずだが、「そのぶんボクがやればいいでしょ?戦いに向いてないに人は無理に戦う必要なんて無いよ。」という考え方だった。
両者の成績はほぼ互角。
いや、わずかに浮竹が上か。病欠日数は多いものの、平素の素行点がいい事と仲間の信頼の厚さの差であった。

学年末、実地の試験が行われる。実際にホロウと戦う危険な試験だ。
1チーム4名で行動し、各自の心技体を見極める名目で行われていた。
それまで成績優秀者であっても、実際のホロウと対峙すると、全く使えなくなる者もいる。本当の適正試験もかねていた。

そして、最も優秀な者は表彰されることとなっていた。

試験当日、浮竹の体調の不安を春水は一目で見抜いた。
「お前さん・・熱があるね?」
「まいったな。お前には隠せないか。」
「無理する必要はないんじゃないの?今日はホロウと実際戦うことになるんだ。」
「それはそうなんだが、俺が休むと、他のチームのものに迷惑がかかるだろ?この試験は1年に1回しかない。俺のせいで他のものに迷惑はかけられない。」
「しかしねえ。」
「大丈夫だ。やれるさ。」
こうなると、浮竹は頑固だ。それを知っている春水はため息をついた。
「やれやれ。お前さんも頑固だねえ。」

この時、春水は嫌な予感がしていた。
そしてその予感は的中する。

現世に降り立った、各チームは分散し、ホロウと戦っていく。
戦うホロウは最低ランクのものばかり。そのはずだった。
春水のチームが出くわしたのはなんとヒュージホロウだった。
春水以外の者は完全にパニックに陥ってしまう。
それを救ったのが、浮竹率いるチームだった。
浮竹チームと言えども、人望のある浮竹が率いているからこそ、他の者がかろうじてまとまった行動を取れるのだ。正しく日ごろの成果だった。

味方の姿を見た、春水のチームに落ち着きが戻る。だが、浮竹と春水はともかく、後の者はいるだけで危険だ。その時浮竹が叫んだ。
「浮竹班はこれより京楽班と共に集合場所に戻れ!途中ホロウが出る可能性もある。京楽は先導して、俺の班の者を連れて行ってくれ!俺はここで食い止める!!」
「馬鹿言いなさんな!それはお前さんが適任だろ?」
「お前の班の方が動揺が大きい!班長が替わればより動揺が増える!早く行け!!」
その通りだ。しかし、お前を置いて行けと言うのか?
「大丈夫だ!俺は死なん!剣にかけて誓う!」
「く・・・!分かった。死になさんなよ!皆、行くぞ!!」

先頭に立ち、集合場所に皆を誘導する春水の頭には、浮竹の元へ戻ることしかなかった。足の遅い者2名を両脇に抱えながらも集合場所へダントツの先頭で駆け込んだ春水は指導教官に事を短く説明し、教官の制止も無視して浮竹の元へと必死で急いだ。

一方、浮竹は苦戦していた。
ヒュージホロウの体力が思ったよりもあったためだ。圧倒的に攻撃しているものの、倒しきるほどの攻撃を加えられていない。
やがて、熱に侵されていた体が悲鳴を上げ始めた。息が上がりはじめる。その時恐れていたことが起きた。
喀血だ。暫くなかったのだが、こんな時に来るとは・・・!
その時、ヒュージホロウの巨大な手が容赦なく振り下ろされる。避けきれない!とっさに防御の体制をとった浮竹だが、予想された衝撃はなかった。

「よう、色男。一人でいいところを取っていくのは無いんじゃないの?ボクも混ぜてくれなきゃ。」
「京楽!!何故戻ってきたんだ!他の者は?!」
「皆無事だよ。詳しいことは、こいつを倒した後にしようじゃないか。ちょいと退いてておくれよ?」
「いや、俺も戦う。いくぞ、京楽!」
「まったく!たいがいお前さんも頑固だね!」
言いつつ、飛び去った二人はまるで何度も共に戦ったことがあるかのごとく、息が合った攻撃を始めた。
何故かお互いがどうホロウに対して攻撃するのかが分かる。そうなると、己がどのような攻撃を加えればいいのか自然と体が動いた。
打ち合わせなぞしたことは無い。しかし分かる。不思議な感覚だった。

・・・そして、互いの剣がヒュージホロウの胸の穴を切断し、戦いは終わった。

ヒュージホロウが倒れた瞬間、浮竹の体力も尽きたようだ。地面に倒れこもうとする体を春水が支える。そして己の体を壁にして座らせた。
援護部隊はまもなく来るだろう。今、浮竹を動かすよりも、部隊を待つほうが浮竹の負担が少ない。そう判断した春水は、浮竹にその旨を告げた。

「ああ。後は任せるよ。」
血だらけで、体調は最悪のはずだが、何故か浮竹は嬉しそうだった。
「やけに嬉しそうだねえ。ヒュージホロウを倒したのがそんなに嬉しいのかい?」
不思議に思った春水に、浮竹はこう言った。
「それもあるが・・・お前と一緒に戦えたのが嬉しいのさ。」
「ボクはごめんだね。戦いなんて無いほうがいい。」
「それはそうだが・・でも戦わねばならぬときは来る。その時・・またお前と共に戦えたら・・・いいのだが・・・今日の様に・・。」
それきり、安心したのか、浮竹は眠ってしまった。
その寝顔を見て、春水は懐から手ぬぐいを出し、顔に付いた血をぬぐってやった。本当は水に浸して、発熱した額に乗せてやりたかったが、それは後の部隊がするだろう。
「・・ボクはごめんだね。お前さんを残して戦いの場所を離れるなんて事、二度とやりたくないねえ。どうせなら、最初から最後まで、一緒に楽しく戦ろうじゃないの。」

人生始まって以来の心配を体験した春水の心情とは裏腹に、空は青く澄み渡っていた。


学院のまだ生徒でありながら、ヒュージホロウを倒してしまった快挙は、当然学院始まって以来だった。

「学院の双刀」。浮竹と京楽の名は、彼らの卒業後も語り草として永く伝えられることとなる。


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