学食での若き日の兄様(なんちゃって)

兄様はたぶん、下々の者(笑)が通う学院には通っていないと思いますが、特権階級の方々は下々の暮らし振りには興味があるもの。
視察と称して、あちこちを訪れるものです。
訪問される方は、準備が大変なのでいい迷惑なのですが、そんなことは彼らには関係ございません。

若き日の兄様も、大貴族の慣例に従い、ちょうど同じくらいの者が通っていると言う学院を視察します。

視察と言っても、副学院長クラスのお偉いさんに案内させて、学院内のおきれいな所を回り、筋金入りの品行方正な学生を連れてきて、一言二言声をかけさせるというものです。
こんなんで、何が分かるの?という疑問を持ってはなりません。
なぜなら、所詮本気で理解しようなど、考えていないから(笑)。

要は、動物園を見に来ているような感覚です。
それでも、学生の食生活には興味があるのは、上の者も下の者も共通しているもの。
身分の違う者が、一体普段何を食べているのか。
誰にとっても、食は興味を引かれるものです。

さて、ちょうどお昼時。
緊張で汗を拭き拭き、副学院長が兄様を連れて、学食にやってまいりました。
学食で昼食を取る予定のようです。
学食は当然、カフェテリア形式。トレイをもって、好きな物を注文し、料理を受け取った後レジへ向かい、席に座る。
これがカフェテリアにおける常識です。

さて、カフェテリアに入った兄様。入り口で佇み、誰かを待っているようです。
「どうなさいましたか?」
「席の案内係はおらぬのか?」
「いえ・・・ここでは各自が空いている好きな席に着くのでございます。」
「そうか。」

そこで無表情で席に着こうとして、副学院長に止められました。
「朽木様!こちらではまず、先に窓口で食べたい物を注文いたします!」
「そうか。」と素直に応じる兄様。郷に入らば郷に従え、と一応は思っているようです。
前の学生の様子を観察し、初めて窓口でメニューを見ます。

あごに軽く手を添えて考え込む兄様。非常に絵になりますが、ここは学食。
早くも兄様の後には長蛇の列が形成されつつあります。
そうして考え込んだ上に、ようやく注文したのがカレー。意外と庶民的なものを頼みましたね。
「辛さはいかがしますか?」
「・・・選べるのか?」
「はい。普通、2倍、5倍、10倍、50倍なんていうものもあります。」
「では、50倍を貰おう。」
50倍なんていうものを注文する馬鹿はいないと言いかけた副学院長は、あわてて口をつぐみます。
「ですが・・・こちらの50倍の辛さのカレーは、食べられるものではございません。ここの料理長が冗談で置いているような物でして・・。取り合えず、10倍を試されては・・。」
「・・・そうか。では10倍を貰おう。」

カレーを受け取り、今度は間違えずレジに向かった兄様。
基本的には現金主義の学食において、兄様が当然のように支払いに取り出したのは、ブラックのクレジットカードでした(笑)。

<ブラックカードを知らない、よい子の皆へ>
ブラックカードとは、クレジットカードでゴールドカード、その上のプラチナカード、そしてその上の最上級のカードのことだ。
利用限度額はほぼ無いものといっていい。
当然、これを持てる者も制限される。一部のお金持ちだけだ。
ちなみに、暴れん坊はカード支払いは嫌い。
なので、一応持っているカードは最低ランクの代物だ。
貧乏性なので、現金が一番さ!

さて、現金を持たない兄様に代わり、支払いを済ませた副学院長。ようやく兄様と席に着きます。
「ではいただきましょうか。」
「うむ。」
流石は、大貴族の兄様。テーブルマナーと食べる姿は完璧です。
しかし、カレーを一口食べるなり、またあごに手を添えて考え込んでしまいました。
「これは10倍の辛さだったな。」
「そうですが・・やはり辛過ぎましたか?」
「いや・・辛さが足りぬようだ。50倍を試してみたいのだが。」
「かしこまりました。」

兄様に注文させると、また大渋滞を引き起こしそうだと判断した副学院長は、傍に控えていた者にカレーを買わせます。
厨房では、実にひさしびりに50倍カレーが注文され、それを注文した者がなんと大貴族と言うので、料理長自らが運んできました。
これは当然異例のこと。

さすがに、食べる様子をそのまま見るわけには行かないので、料理長は厨房の中からコッソリ様子を伺っています。
一口食べれば火を噴くと噂される50倍カレー。学生たちも興味津々のようです。
さて、今度は50倍カレーを実に美しく口に運んだ兄様。
また、無表情のまま考え込んでしまわれました。

「か、辛すぎましたか?」
心配した副学院長が、声をかけると。
「いや・・・これより辛い物はないのだな?」
「さようで。」
「・・・・。」

テーブルの上で何かを見つけた兄様。なにやら調味料に手を出したようです。
「も、もしや・・・・」
一味の上蓋を取り外した兄様。まるで、何事も無いかのようにカレーに振り掛け始めました。
茶色のカレーに桜吹雪のごとく降り積もる、赤い一味。

それを見た副学院長は、ムンクの叫びと仮し、料理長は怒りのあまり、靴のままカウンターを乗り越えようとして、他の者に押さえられます。

そしてようやく満足なされた兄様は、何事もないかのように、またカレーを美しく口に運ぶのでありました。

ことのほか機嫌よく(しかし相変わらず無表情ですが)帰られた兄様。

後に残された副学院長は、暫くカレーが食べられなくなり、料理長は「あんなやつにはハバネロでも咥えさせておけ!!」と、暫くやさぐれていたとの事です。
(注)ハバネロは世界一辛い唐辛子です。


後に更木剣八が、「奴は冷血動物だから、体温を上げるために辛い物を食っているんじゃねえのか?」と評したとかしないとか。


なんちゃって。

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