豪の剣(京楽春水)

「花風紊れて花神啼き

天風紊れて天魔嗤う」


春水は、武芸に秀でた家系として知られる京楽家の次男として生を受けた。

京楽家は上流貴族。
当然ながら裕福だ。

おまけに次男という事もあり、春水は跡継ぎとしてのプレッシャーとも無縁。
跡継ぎとしての研鑽に常に励まねばならぬ長男をよそに、春水は放蕩息子の手本のような生活を送っていた。

勉学も嫌い、武芸も嫌い。
少年の頃から花町に出入りし、年上の女娼の所へ入り浸ることもしばしば。
しかも、そういった先が何軒もあった。

不思議なことに、春水と関係する女たちの間で争いが起きたことは無く、女たちは普通に「昨日うちにきたわよ。」「あら、ホント?こっちは3日前くらいだったかしら。」といったような会話をしていたのだそうな。

まるでフラリと餌を食べにくる野良猫のように、春水は女たちに受け入れられていた。
・・・もっとも、その野良猫はかなりの血統書つきのネコであったのだが。


ある日こんなことがあった。
ある女娼に入れあげてしまった客が、店で暴れ始めたのだ。
体も大きく、見るからに強そうな男だ。
そこへ春水がフラリとやってきてこういった。
「やめなよ、いい年してみっともない。
ここは女を可愛がってやるところだよ?暴れるなんざ野暮ってもんだ。」

まだ、少年の域を超えぬ春水に注意されたその客はさらに逆上し、今度は春水に殴りかかろうとした。
春水を渾身の力で殴ろうとしたその男が、手を振り上げた時だ。
男は自分の異変に気づいた。
自分の腹に何かがめり込んでいるのだ。
下を見れば、手だ。
その手の拳が見えぬほど腹に食い込んでいるのだ。
信じられないような目で手の元をたどる。

・・・そこには・・・春水がいた。

声すらなく地に沈んだ男の耳に、春水の「ゴメンよ?」という言葉は届いたのか・・。
そのまま、表に放り出されたその男は、二度とその店には顔を出さなかったと聞く。

ろくに鍛錬もしていないのにも拘らず、卓越した能力を持つ春水。
最初からその才に気づき、いつかは自分で気づいて変わるかも知れぬと見ていた春水の父も、いつまでものらりくらりとする次男にとうとう流石に堪忍袋の緒が切れる。

問答無用で真央霊術院に放り込んでしまった。

流石の春水も観念した様だが、サボリ癖は直らない。
しかしながら、特に武芸においては卓越した才能を見せていた。

その春水、陰では通り名があった。
「抜かずの京楽」

春水の戦い方にはある特徴がある。
なかなか刀を抜かないのだ。
明らかに戦闘状態であるにも拘らず、春水が刀を抜く事はよほどの事でもない限りない。

かといって、一度刀を抜く事になれば、圧倒的な力でねじ伏せる。
同期の皆が刀を抜いている状態の中でも、なかなか自らの刀を抜こうとしない京楽。
そこでついた通り名だった。


「やあ、京楽。今日も抜かなかったらしいな。」
声をかけるのは浮竹。
「よしとくれよ。抜くの抜かないのってのは。」
「ははは、すまない。ついな。」

「刀なんて抜いても、楽しかないからねえ。
抜かずにすむなら、それに越した事ないよ。

どうせなら刀なんかより別のものを振り回したいねえ。
そっちの方がずっと楽しいってもんさ。」
「相変わらずだな、お前は。」
「・・ま、ボクたちは死神になろうとしてるわけだから、刀を振り回すのは仕方が無いとしても、だ。
そんな機会、無い方がいいよ。戦いなんて野暮なだけさ。

酒を愛で
花を愛で
そして、女を愛でる。

そんな日々を過ごしたいねえ。」
「・・・お前らしいな。
いつか、お前の斬魄刀の解放された姿を見てみたいものだ。」

「ボクのをかい?それまた酔狂だねえ。
そりゃまた、どうして。」

「斬魄刀には持ち主の精神世界が影響すると聞く。
俺の予想が合っていれば・・

多分お前の刀は豪の部に属すると思う。」

「豪の部っていうと、エライごっついタイプってことかい?
やだねえ、ボクはスラリとした細身の刀の方がいいねえ。

そっちの方が粋じゃないか。」

「粋かどうかはよく分からないが・・
お前は平和を愛する男だ。

それだけに、刀を抜く時は覚悟を決めた時だろう。
だからこそ、豪の部に属するんじゃないかと、俺は思う。

それに・・。」
「それに何さ・。」


「何となくなんだが・・豪の部に属するからこそ、お前がなかなか刀を抜かない気がするんだ。

その破壊力を知っているからこそ、じゃないかと・・ま、あくまで俺の憶測なんだが。

ま、よければ見せてくれ。」


「やれやれ、分かったよ。
始解が出来るようになったら、お前さんに見せりゃいいんだろ?
その代わり、お前さんのも見せておくれよ?」

「それは構わないが・・お前が興味があるとは知らなかったな。」
「お前さんのは、ボクの予想だとかなり粋な刀だと思うからねえ。
そういうのを見るのは嫌いじゃないよ、ボクもね。」
「分かった、約束しよう。」


そして・・京楽が斬魄刀を解放できる時がやってきた。


「花風紊れて花神啼き



天風紊れて天魔嗤う


『花天狂骨』」



現れたのは二刀で一対の斬魄刀。
尸魂界に2つしかない、その一つだ。


その刀は、片側1本でも十分すぎるほどの大刀。振り上げるだけでも大変そうな代物だ。

それが、2本。


明らかに、春水の『花天狂骨』は豪の剣であった。


「・・・やれやれ・・まいったね。」


己の斬魄刀を見て初めて春水が発した言葉である。




なんちゃって。

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