母へ捧げる花一輪(黒崎一護

・・・昔の夢を見た。
たぶん、小学校1年のころだったと思う。



「一護〜!おまえ、母ちゃんに何あげるんだ?」
「何・・てなんだよ、それ。」
「今日、『母の日』だろ?だからオレ、これからカーネーション買いに行くんだ〜〜!おまえも来るか?」

俺はすっかり忘れていた。
忘れるどころか、カーネーションを買う小遣いもない。
使ってしまったからだ。
おふくろのことは大好きだったから、買いたいのは山々だ。
しかし先にたつものがなければ、どうしようもねえ。

「いや・・・オレはいい。」
「そっか、じゃあな。バイバイ!」
「ああ。バイバイ」

友達と別れた後も、カーネーションのことが頭から離れず、帰り道をトボトボと歩いていた時だった。

80歳くらいだろうか、実際はもっと下かもしれないが、たくさん荷物を抱えた婆さんが前をよろよろ歩いている。

『いい?一護。困った人を見かけたら、助けてあげてね?でもあなたの出来る範囲でいいの。
それでもきっと、助けられた人は喜ぶわ。』

おふくろが何時も言っていた言葉。
今、その時だと俺は思った。

「ばあちゃん。オレ、それ持ってあげる。」
言われたばあちゃんの方は、驚いたようだ。
「ありがとう、ぼうや。でもぼうやにも、重いだろうからねえ。」
「いい。持つ。」

4つある荷物のうち2つを、奪うようにして持つ。
正直言って、ばあちゃんの言うとおりだった。
それにオレは背中にランドセルも背負っていた。

直ぐに息が切れてきた。

「ぼうや、無理しなくていいんだよ?もうここでいいから。」
「いい。家に帰るんだろ?そこまで運ぶ。」

そうして、ようやくばあちゃんの家に着いた時には、完全にオレは息が切れていた。

「ああ。ぼうや、ありがとう。さあ、これをお飲み。」
差し出された冷たい麦茶を一気に飲んで、一息ついた。

そこでオレは、食卓の上のものに気がついた。
カーネーションの花束だ。
赤い花が5つ。

ずっと見ているオレに気がついたんだろう。ばあちゃんが説明してくれた。
「ああ。あれは息子からでねえ。
母の日だからって、息子の子供から言われて贈ってきたみたいだよ。」

「そうか・・・。やっぱりカーネーションはいるよね・・。」
でもオレはない。
しょんぼりうつむいてしまった。

「・・・ぼうや。もってお行き。」
「え?」
「ぼうやのおかあさんに、あげなさい。」
そう言って、3本のカーネーションを引き抜いてくれた。
「え?いいよ。だっておばあさんにくれたものでしょ?」
「いいんだよ。2本もあれば十分だからね。
ぼうやがここまで、手伝ってくれた御礼だよ?どうか、受け取ってくれないかい?」

「・いいの?」
「ああ。いいとも。」
「ありがとう!」

3本の赤いカーネーションを握り締めて、家への道を全速力で帰ったオレ。

家に帰ると、おふくろが既に夕食の支度を始めていた。
「母ちゃん!!これ!!」
家にかえるや否や、おふくろに意気揚々と花を差し出す。
おふくろは驚いたようだ。
「まあ・・・どうしたの?このお花。」
「貰った!今日母の日だから!」
「まあ、ありがとう。でもこれを何処で貰ったの?」

そこで、オレはその日あったことを話し始めた。
静かに聞いていたおふくろは、オレの話が終わるとこういった。


「一護。おかあさん、本当に嬉しいわ。
ありがとう。
でもお花を貰ったからだけじゃないのよ?
あなたが、困った人を助けてあげたことも凄く嬉しいわ。

困った人を助けられただなんて・・・えらいわね、一護。

おかあさん、本当に嬉しいわ。

・・・ありがとう、一護。」


その笑顔を見て、オレは何故か泣きたくなった。
それで、お袋のエプロンにかじりついて何故かわんわん泣いた様な気がする。

「にい〜〜に!に〜〜に!」
2つになった妹の夏梨と遊子はようやく話し始めたころだった。
オレのことを「に〜に」と呼んでいたとおもう。

オレがおふくろに取りすがって泣いているのを見て、夏梨と遊子もオレと同じようにして泣き始めた。

「まあまあ。あなた達までどうしたの?」

おふくろの手がオレや夏梨、遊子の頭を交互に優しく撫でていたのを覚えている。




そして目が覚めた。


そういや・・・今日は母の日だっけか。
学校に行き、そしてまた帰る道、何処の店も、カーネーションで一杯だ。

思わず花屋の前で足を止めた。
色々な色のカーネーションが並んでいる。
『・・・カーネーションって赤とピンクだけじゃなかったんだな。』

足を止めたオレに、店員が勧める。
「母の日にカーネーションはいかがですか?
オレンジもありますよ?」

この店員・・・オレの頭見て勧めやがったな・・・。
オレンジ頭が、オレンジのカーネーションなんか、持てるかフツー。


「一本でもいいっスか?」
「もちろんいいですよ?」
「じゃ、その赤のください。」

・・そういや・・・カーネーションなんて買うの久しぶりだな。

おふくろが生きていたときは、よく買ってたっけか。


家に着いて、仏壇の前に行くと、既にカーネーションが2本活けてあった。
「お帰り、お兄ちゃん。あ、お兄ちゃんも買ってきたの?
あたしと夏梨も買ってきたの。」

声をかけてきたのは遊子だ。

「そっか。」
「でも凄い!みんな1本ずつって打ち合わせしたみたいだね!」
「そうだな。」
「あ、肉じゃが火をつけたまんまだ!じゃあね、お兄ちゃん!」

あわただしく鍋へ向かう遊子。
優しい性格は、おふくろに一番近いかも知れねえな。

そう思いながら、3本目のカーネーションを花瓶に入れる。


・・・遺影であるはずのおふくろの笑顔は


・・・幸せそうな顔をしていた。




なんちゃって。

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