藍染惣右介になりたかった男(惣さまダミー男)

男は、所属する五番隊でもとりわけ地味な男だった。

所謂ネクラな性格も相まって、彼の名を覚えている者は恐らく一桁に違いない。
実力も、特にコレといった取り柄も無く、生まれついての無毛症のため、外見はお世辞にも女性受けするとは言えない。

直属の上司である九席には、何度も名前を聞かれ、流石にそれが二ケタを超えた時には、自分を見て「えっと・・」と上司が言葉を詰まらせると名乗るようになっていた。

友達と言える存在もおらず、趣味と言えば瀞霊廷通信を読むこと。
そこには自分がとても話が出来ないような隊長クラスの生の声や姿が見れるからだ。
隊長クラスには無料で配られる本だが、下士官は自分の給料で買わねばならぬ代物だ。
しかし、男は毎月待ちかねて、発売時刻と同時に購入していた。

隊長クラスは、雲の上の更に上の人。
同じ隊に居れども、屑のような自分のことなど、居ることすら知らぬだろう。

だが、男に奇跡が起こった。
副隊長の藍染惣右介が自分の脇を通る際、「君は確か」となんと男の名前を呼んだのだ。
無論一度も話したことなど無い。
直属上司すら未だに名前を覚えていない男の事を、副隊長である藍染は顔と名前を一致させて覚えていたのだ。

「・・はい・・。」
その後、藍染は男の調子を聞いていたように思うが、男はあまり覚えていない。
あまりの感激に、感情のタガが完全に外れてしまったようだった。

自分の様な屑みたいな男にまで目をかけてくれる藍染。
斬・鬼・走が欠けること無い強さにくわえ、読書家としても有名だ。
おまけに書の腕前は随一だという。

・・その上、人格までも完璧。

「同じ男でもこれほど違う人もいるのだ。」

同性の嫉妬も通り過ぎれば強烈な憧れと変化する。

気付けば、男は藍染の後を追うようになっていた。
隊舎の食堂でも遠くから藍染が何を食べているか必死で確認し、同じものを食う。
瀞霊廷通信に、藍染が面白かった本として挙げていた本ならば、いくら難しくても読破した。

無論藍染が、自分が憧れているなど知るべくもないだろう。
自分は誰からも興味を持たれない存在なのだから。


・・そして、男に二度目の奇跡が訪れる。

「この頃、随分僕の事を見ているようだが、これは僕の自信過剰かな?」

藍染からなんと話しかけてきたのだ。
感激、そしてそれは直ぐに不安へと変わる。
バレている。男が藍染をストーカーの如く後をつけている事を、すっかり知られているのだ。

「い・・いや・・その・・。」
「隠さなくてもいいよ。最初から僕は気付いていたからね。
君はどうやらオクラが嫌いだという事も知っている。
今日の昼に僕が食べた食事にオクラが入っていたけれど、僕が食べたから、がんばって君も食べたんだろう?随分つらそうだったけれどね。
だが、よく頑張った。感心したよ。」

・・!そこまで見ていてくれたのか・・!
こんなつまらない自分をこんな雲の上の人が見ていてくれたなんて!
この人しかいない・・!
自分が仕える人はこの人しかいないのだ・・!

刷り込みにも似た妄信。

その時、男の中で藍染は神となった。

「僕に興味があるのかな?隠さなくていいよ。」
「・・はい。」
「僕のようになりたいかい?」
「いえ!そんな自分みたいなのが、藍染副隊長のようになれるはずが・・。」
「僕はなりたいかと聞いているんだが、それに答えてくれないかな?」


「・・・・・・・・。

・・・・・はい。なれるものなら、副隊長のようになりたいです。・・無理ですけど。」


それを聞いて、藍染はにこやかにほほ笑んだ。
「無理じゃない。君も僕のようになれるよ。」
「・・・・え?!!」
「聞こえなかったかな?君も僕のようになれると言ったんだ。

それだけじゃない。誰が見ても君の事を本心から<藍染惣右介>と言うようにすることも可能だ。」

「そ、そんな・・・!そんな奇跡みたいなことが・・!」

「出来る。・・試してみたいかい・・?」
「は・・はい!」

藍染は、五番隊の回廊を一周してくるようにと男に命じる。
途中、他の隊士とすれ違っても何も話さず会釈だけで回るようにと指示された。

「さあ、行ってくると良い。」
送り出される男。
自分は何も変わっていない。こんなので、本当に<藍染>などと思われるのだろうか。
言われたとおりに、回廊を一周しようと歩き始めた矢先だった。
女性死神三名が連れだって歩いてくる。
可愛いが、普段なら男に眼も合わせない女たちだ。

・・それが・・・
「あ!藍染副隊長!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」

頬を染め挨拶をしてきたのだ。自分を<藍染副隊長>として。
思わず歩みを止めた<藍染>に女性死神たちが不思議そうに見つめてくる。

『同僚と会った時は会釈だけすることだ。いいね。絶対に話してはいけないよ?』
藍染の言葉が脳裏に蘇り、急いで会釈をして歩き始めた。
男の後ろで、女たちが騒いでいる。

「キャ〜〜!藍染副隊長と会っちゃった〜〜!」
「今日ってついてる〜〜!」
「ああ〜〜ん!今日もカッコいい〜〜!」

・・・これは・・・一体・・?
どのすれ違う隊士たちも男を藍染として挨拶してきた。
まさに奇跡としか言いようがない。

そして、回廊を一周して帰ってきた男に藍染が問うた。
「どうだったかな?『僕』になれただろう?」
「・・はい。・・信じられねえ・・。」

「いけないね。『僕』はそんな言葉は使わないよ?」
「あ!すみません!」

「・・さて・・。」
藍染の眼鏡がキラリと光をはじく。
「もっと<藍染惣右介>になってみたいとは思わないかな?

完全なる『僕』に。平子隊長でさえも偽れるほどの『僕』に。」

誘いは麻薬の如く甘美だ。

「・・なれるものなら・・なりたいです・・!」
「なれるさ。先ほども見ただろう?
・・・流石に完璧にとなると君の努力も必要だがね?」
「死に物狂いでやります!やらせてください!」

そうすることが、藍染に何のメリットがあるのかは男は知らない。
いや、知る気も無かった。
誰からも無視され、敬遠されてきた自分が、誰もが憧れる<藍染惣右介>になれるチャンスなのだ。

例えこれが破滅への誘いだとしても、あがらう気は男には無い。


・・・「藍染惣右介」にになりたかった男が


・・・『藍染惣右介』に作り変えられる。



男は、今までこんな情熱と根気があったのかと自ら驚くくらいに『藍染惣右介』であることを学習する。


漠然とした恐怖と不安は、『藍染惣右介』としてふるまえる快楽の前には、塵ほどの影響も及ぼさない。


・・魂魄消失事件が起こる頃には・・

・・男は本気で自分の事を『藍染惣右介』だと考えるようになっていた。






なんちゃって。

 

 

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