悪人は、いっぺんやったら辞められへん(市丸ギン)

『ボク面白い事が好きなんや。

そやから、あの人に付いとるんやけどなァ。』

実に面白い光景だった。

粗野だが男気のある男として定評のあった九番隊隊長、六車拳西は今やあらゆる理性を無くし、唯の殺戮を目的とする虚に成り下がっている。
拳西の副官であった久南白は、ぐうたらで役立たずの女で名を馳せていたが、今やどうだ。
殺戮と言う意味においては実に勤勉で有能な拳西の副官となっていた。
虚となった拳西は、有能になった副官に喜びを感じているのだろうか。

『まァ、それは無いか。ホンマに感情らしいモン無くなってもうたみたいやし。』

藍染の魂魄実験。
それに耐え抜いたのは、この拳西と白のただ二体の検体のみだった。
そのほかの検体は全て魂魄強度が実験に耐えきれず、蒸発するかのように消滅した。

物凄い破壊力だ。魂魄の限界を超えると、これほどの破壊力を持つというのだろか。
「なァ、藍染副隊長。」
「何かな?」
「これって実験成功やのん?」
「いや、成功とは言えないかな。」
「そやかて虚になってますやん。」
「ただ虚になったのでは意味はないよ、ギン。死神の性質を完全に残したまま虚の性質を持ち合わせるようにならなくてはね。
彼等を見てみると良い。・・斬魄刀を使っていないだろう?
それでは駄目だ。死神の能力は残しておかなくてはね。
それにそもそも、精神を失うようでは意味がない。

だが、一定の成果を上げたのは事実だ。
・・そうだな、<次>の検体には少し分量を抑えて投与してみようか。ちょうど次が来てくれたようだしね。」

当然のように言う藍染。
つまり、この実験はまだ続くというわけだ。そして現れたのは十二番隊副隊長、猿柿ひよ里。
藍染と同じ副隊長のひよ里をまさしく検体としてしか見ていないようだった。

ひよ里は変わり果てた拳西の姿に絶句している。
ギンはそういった表情を見るのが大好きだ。
特に強い者が「信じられない」という表情を浮かべさせるのは、たまらく楽しいことだと思っている。

襲いかかる拳西。どうやら辛くも避けたようだ。あの攻撃を避けるとは流石は副隊長を張っているだけの事はある。
『さて・・どないする?しゃあないって戦うか・・それとも・・。』
必死で正気を取り戻そうと、拳西に呼びかけるひよ里。
無駄だ。そんなことで拳西が戻るとでも思っているか?

思わず柄にひよ里が手をかけるのが見える。抜くのか?すると次の瞬間。首をぶんぶんを横に振ったかと思うと、必死でその場から逃げだした。
「あ、逃げた。戦わへんのや。意外に優しいなァ。」
「彼女はああ見えて、仲間思いだからね、そうだね、平子隊長にも言えることだが。」

「そやけど、猿柿サンにどうやって、薬投与しますのん?あんな必死で逃げてるし。」
「それは六車隊長にやっていただこうか。」藍染が答えた。

完全に理性を失っている拳西だ。どうやって指令を出すのだろう。
「どうやって?」ギンの問い。
「背中の薬剤を彼の拳に移すのさ。そうすれば、彼の攻撃を食らったものは、傷と同時に薬剤を投与される。・・どうかな?」
「その前に死にそうやけど。」「それは彼女の実力がないだけだ。気にすることはないよ。彼女がダメでも、追加部隊で実験できる。」
「なるほどなァ。」


ひよ里が拳西の攻撃を受けるのが解った。
これで、ひよ里も実験体に突入だ。そんな事も知らずに、必死でひよ里は逃げて行く。
ほどなく、ひよ里は平子達追加部隊に合流した。

平子達もまた、拳西と白の変わりぶりに驚愕の表情を浮かべていた。

「・・こら・たまらへんわ。」

仲間である拳西を白を相手に苦戦する平子達。
必死でなんとか抑え込もうとしている。

『・・そやけど抑えないかんのは<二人>やのうて<三人>なんやで?』

わくわくした。
ひよ里の発症はいつ始まるのか。変化は急激だ。その時の平子の表情が見てみたい。
さぞかし面白い顔を見せてくれるだろう。

自分にこんなに面白い場を見せてくれるのは、今のところ藍染だけだ。
だからこそ、ギンは藍染に付いている。
面白い事をするには、それなりのリスクがある。
それが面白ければ面白いほどリスクは高い。

藍染は、そのリスクを最小限にしつつも決して避けることはない。
だからギンは藍染が好きだ。
『ホンマもんの悪党やで、このオッサン。』

オッサンというには藍染は若すぎる気はするが、そんな事を気にするギンではない。

いずれは目の前の隊長格全てが実験体となるだろう。
どんな面白い光景が見られるのだろうか。


「・・なァ、藍染副隊長。」ギンは藍染に呼びかける。
「何かな?ギン。」

「ホンマ・・悪人は、いっぺんやったら辞められへんもんやなァ。」
感慨深げにギンが言う。

「悪人とはひどいね。」藍染は少し不満のようだ。

「・・・せめて、極悪人と言ってくれないか。」


すると噴き出すようにギンが笑う。
「ホンマや。中途半端は良うないわ。
こらえらいスンマせん、副隊長。」


「オオオオオオオオオ〜〜〜!!!!」
その時・・・ギンはひよ里が虚化するのが見えた。


・・ニヤリ。ギンの口角がさらに上がる。


楽しい時は終わらない。





なんちゃって。
 

 

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