ガチボーイ(浦原喜助)

・・・浦原商店の軒先には、小さな古ぼけた縁台がある。

若い方はご存じない方も多いだろう。
昭和のノスタルジーあふれる一品だ。縁台とは木でできた簡易なベンチのようなもので、昭和の初期から中期くらいまでは、その縁台に人が寄って来て世間話をしたり将棋を指したりと、ちょっとしたご近所コミュニケーションの場となっていた。
←こんなもの。手軽に持ち運びができるのが特徴。

昭和ノスタルジー溢れる浦原商店にも、その縁台は置かれている。
天気の良い昼下がり、客も居ないヒマな日は、のんびりその縁台の上で長くなっている黒猫を見かけるらしい。
その日も、ふらりとやってきた黒猫が縁台の上でのんびりととぐろを巻いていた。
その横に邪魔しないように店主の喜助が店から出てきて、腰を下ろす。
黒猫は片目を開けてちらりとそれを見やった後、寝ころんだまま大きく伸びをした。

「ご機嫌そうっスねえ、夜一さん。」
喜助が声をかけると、黒猫がしゃべった。
「こういう日は昼寝をするに限るものじゃからのう。
・・フフフ、わしも年のようじゃ。今、昔の夢を見ておった。」

するとおや?というように、喜助が猫の方を見やる。
「どんな夢っスか?」
「おぬしが十二番隊の隊長に決まったときの夢じゃ。」

すると、ああ、といったように喜助が昔を思い出すべく視線を上にあげる。
「・・・あの時はアタシも若かったっスねえ。」
「決まったと知らせた時の、おぬしの如何にも迷惑そうな顔はなかなか見モノだったぞ?」
「だって、夜一さん、総隊長にアタシの事推薦した後で初めてアタシに言うんですもん、そりゃあアタシだってびっくりしますよ。」


・・・昔の事だ。


新隊長選任の際には、まず各隊長に推薦すべき人物が居ないか、打診が入る。
そして、各隊長から隊長にふさわしいと推薦された者たちから、新隊長を選任するというのが通常の流れだ。無論隊長試験をクリアすることが前提条件だが。

ただし、推薦された者が複数居れば別だが、一人しかいない場合、大抵の場合はその者が隊長となる。
隊長試験をクリア出来ない未熟な者を、現隊長が推薦するはずもないし、万一「不適格」とするならば、現隊長の顔も潰しかねない。
なので、余程でもない限りは、推薦された者がいた段階でその者が新隊長となる流れとなる。

喜助もまた、形だけとなった現隊長三名の立会いの下、隊長試験をすんなりクリアすることとなる。

新任の儀式の前にはそれまでの上司から、隊長である羽織が手渡されるのが習わしだ。
すなわち喜助は夜一から、十二番隊の羽織を渡されることとなる。


「よかったのう、喜助。ホレ、これが十二番隊の羽織じゃ。」
手渡される方の喜助は未だに迷惑そうだった。
「なんじゃ、その顔は。しっかりせんか。おぬしはもうすぐ十二番隊の隊長なのじゃぞ?」
「はあ。」やる気のない返事だ。
「心配するな、喜助。
隊長も悪いものでは無いぞ?なにせ、隊の主じゃからのう。
面白いものじゃ。隊長とは。」

「面白い・・スか〜〜?」
「そうじゃ、隊長になったからには古参も新参も無い。全て同格じゃ。
わしとも対等ということになる。」
「夜一さんと対等なんて、考えられないっス〜。」
「馬鹿者、それが面白いのじゃ。

じゃが、その羽織をつけた以上はお主は十二番隊の事を第一に考えねばならぬ。
その背の数は、お主が負わねばならぬ隊の数じゃ。
十二番隊の隊員全ての命がお主のその背にかかることになる。
それゆえ、お主はまず何をおいても十二番隊の事を考えねばならぬ。
よいか、二番隊でいたことは忘れる事じゃ。お主はもう十二番隊なのじゃからのう。」

「はあ・・・。」
「式典は明日じゃ。よいか、寝坊はするなよ?」
「はあ・・。」
「あ、それから股間の防御は固めておいた方がよいじゃろうな。」
「・・はあ?」
「おそらく渾身の蹴りを食らうことになるからのう。あ奴の事じゃ、遠慮も何もあったものじゃないからのう。思い切りやるじゃろうのう。」
「はいぃっ?」

「フフフ、明日になれば解る。
・・お主と上司と部下として会うのはこれで終いじゃ。
明日からは、同じ隊長としてわしもお主と接しよう。

今日はもうあがってよいぞ?喜助。」


・・・もうずいぶん前の夢だ。百十年も前の事である。


「・・そういえば式の後、食らったかの?」
「ええ。食らいましたヨン?」
「どうじゃった?」
「夜一さんの助言もありましたから、ちゃんと防御を固めておきました。」
「そうか。ずいぶんユルいとかなんとか言われておったから、やられたのかと思っておったが。」
「と〜〜んでもない!
ユルくても、アッチの防御はガチボーイっス〜〜v」

「何がガチボーイじゃ。
貞操観念はユルユルのユルボーイではないか。」
「イヤですヨン、ユルユルだなんて〜〜。
まだまだあっちはガチガチのガチボーイっスよ〜〜。やだな〜〜、夜一さんたら〜〜。」

「・・・ほほう。
永遠にユルボーイにされたいようじゃな・・。」
キラリと黒猫の金色の目が光る。

「冗談ス!!冗談スよ、夜一さん〜〜!!」


そこだけ時間が取り残されたかのような浦原商店。
その軒先では、縁台の上で未だに四方山話が花を咲かしているらしい。




なんちゃって。


 

 

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