元服の儀(朽木白哉)

・・我が朽木家には元服の儀というものが代代伝えられている。

朽木の名を継ぐ者としての皆への周知を図るのが恐らくその目的であろう。
それゆえ、次期当主となる者の元服の儀は早い。
下らぬお家騒動を起こさぬよう、早めにどの者が次期当主となるのか知らせる必要があるためだ。
それゆえ一人で座れるかどうかになれば、早速元服の儀への準備が始まる。

私も、物ごころがつくかつかぬ時に、じっと動かぬよう周りの者に厳しく言われていたのを覚えている。
退屈で長き時間であった。
ようやく終わったかと安堵する暇もなく、周りの者は私にこういった。
「元服おめでとうございます!白哉様!」

私はその時幼き心でも、己が何か重き責を負う者であることを漠然と感じていた。

私の事を一番見ていてくれたは、爺様だった。
執事のじいは爺様とは長き付き合いなのだろう。爺様が珍しくも冗談交じりで、じいと和やかに話しているのを何度も見た。

爺様は六番隊の隊長をされていた。
いや、正確には一度引退し、そして返り咲いたのだ。
理由は恐らく私の存在と父母の死だろう。
朽木は代々護廷十三隊の隊長を輩出してきた。
幼く、そしてまだ未熟だった私に、隊長がどのようなものであり、そしてあらねばならぬのかを身を持って知らせるために、爺様は一度引退した身ながら再度隊長となったのだと私は考えている。

年を重ねられておられたが、立派に重責を果たされる爺様が私は誇りだった。
私も、いつか爺さまの様に威厳と品格と実力を兼ね揃えた存在になりたいと思ったものだ。
研鑽は誰にも劣らぬと自負していた。
しかし、爺様は私の当時の熱しやすい気性は隊長になる上で、問題であると考えていたようだ。
私もなんとか直そうとしていたのだが、ふとした拍子に出てしまう。それを四楓院夜一などにはよくからかわれていた。

爺様は護廷十三隊において何が起ころうが、私の前では決して出さぬ方であった。
しかし、日に日にそのお顔を険しくなられていくのを、私は感じていた。
『余程の事が護廷十三隊に起きているという事か・・』
出来る事なら爺様をお助けしたい。
だが、その頃の私は未だ死神ですら無い存在だ。

・・そして、ある日のことであった。

爺様から衣服を正し、正座敷に来るようにと呼ばれたのだ。
言われたとおりに、正座敷に向かう。
正座敷とは、朽木家では重要な行事のある時でなければ使わぬ部屋だ。
何かある。それを確信し緊張した私の背筋は無様にも伸びきっていた。

爺様は眼を閉じて座っておられた。
私が入ってくるとその眼を私にひたと合わせた。
あまりの、強いまなざしに少し怯む。
だが、なんとか「お呼びでしたので、参りました。」と言う。

暫しの沈黙。
「・・今より・・」
厳かな声だ。朽木の当主として決断する時の爺さまの声だった。
「今より、朽木白哉の死神としての元服を執り行う。」

「・・・・・・。な・・?」
「聞こえなかったか?お前の死神としての元服式をすると言ったのだ。」

平民及び貴族も今や死神になるには真央霊術院を卒業することが定例化しているが、優れた教師を抱える朽木家においては、学院を経ずして死神になる。
しかし、唯の死神と言うわけにはならぬ。
朽木の者としてふさわしい席官と同等の実力を持たなければ、死神にはならぬ。
次期当主であればなおさら上位の席官でなければならぬのだ。
最低でも副隊長以上。

爺様が死神としての元服を執り行うと言った以上、次期当主である私に少なくとも副隊長以上の能力と品格ありと認めたことに他ならない。

ようやく己が爺様に認められる存在となったのだ。
私は言い知れぬ喜びで満ちていた。

「白哉。」
「はい!」
「髪紐を取れ。」
「・・は・・?はい!」

斬魄刀の授受ではないのか?朽木家に於いて代々の死神の髪形など無かった筈だが・・。
不思議に思いつつも、髪紐をほどく。
肩ほどの長さの髪が落ちてきた。

するとそれを見て、爺様は傍らに置いていた漆塗りの平盆を取り上げる。
筒状のものが長短合わせて五本。

・・これは・・。

「牽星箝だ。お前も知っているな?」
「はい!」

牽星箝とは上流貴族にしか着用を許されない髪飾りだ。そして位によって身につけられる数は制限される。
五本の牽星箝が身につけられるのは、貴族に於いてもただ一つ。

朽木家のみ。

パチパチと爺様が私の髪を止めて行く。
髪飾りの重さなど造作もないはずなのだが、何故かその時はズシリと感じていた。

髪留めが終われば、爺様は布にくるまれし、斬魄刀を取り出した。
「お前のために作らせた。
名は言い当てられるな?」

渡されて手に取った死神の証、斬魄刀。
会話するまでもない。

「・・・『千本桜』です。」

「よいか、白哉。
この時より、お前は死神となる。そして近いうちにお前が当主となる日が来るであろう。
お前が負わねばならぬものは儂などよりもはるかに大きい。
お前はこの朽木家の行く末、そして護廷十三隊の行く末両方をその肩に負わねばならぬ。
どちらも瀞霊廷に関わることじゃ。

お前の才気を疑ってはおらぬ。
されどお前はまだ若い。
若さゆえの激情に流されそうになる時もあるであろう。

だが忘れてはならぬ。
お前はその激情に流されてはならぬ者なのだ。
絶えず冷静でなければならぬ。
絶えず私情を殺すことのできる者でなくてはならぬ。

お前は貴族としても、そして死神としても皆の手本とならねばならぬのだ。

手本となるべき者が乱れてはならぬ。
お前が乱れれば、皆が乱れると知れ。

その髪を食む髪飾りの僅かな重みを忘れてはならぬ。
それを身につけることが許されるのは、唯一人。
お前だけなのだ。

よいな。白哉。」

「・・はい!」

爺様の重き言葉。そして負けじと諾と言った私。
その後の満足そうな、そして何処か安心したような爺様の笑顔は、この後二度と見ることは無かった。


爺様が何を伝えたかったのか。
年を重ねるごとに解る気がする。


あの時まで、私は一人前のつもりでだけいた。
だが、本当に自覚を持ったのは、あの爺様による元服の儀だ。

力を得る、権利を得ると言う事は反対に責を負うにほかならぬ。



・・・責は重い。時として苦しくなるほどに。


されど、それに耐えてこその私なのだ。






なんちゃって。


 

 

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