冷えた距離(朽木白哉)

「白哉様、例の養女の件なのですが、先刻先方より知らせがございました。
お受けされるとのことです。」

・・・緋真の妹・・ルキアが、朽木の養子縁組の話を受けたと聞いたのは、爺からだった。

「そうか。」
読んでいた書から目を離さずに、答える。
昨日、ルキアには初めて会ったばかりだ。

報告書には、ルキアが緋真によく似ているとあった。
私もそのつもりでルキアに会った。


・・・しかし、あれほどよく似ているとは・・・。


学院の副学院長に案内させ、ルキアの居る教室へ向かえば、あれはぼんやりと窓の外を眺めていた。
一瞬目の錯覚かと思わずにはいられなかった。
それほどにルキアは緋真によく似ていたからだ。
緋真が少しあどけなさを残した顔。それがルキアだった。

「ルキアくん!」
副学院長名を呼ばれてこちらを向く。見慣れぬ我々を見て驚き、そして戸惑う表情は、緋真と同じとしか思えなかった。

「はい。」
「こちらの朽木白哉様がお前に話があるそうだ。」
「朽木・・・?あの大貴族の・・?」

ますます困惑の色を強くする。
「お前を我が家の養女に迎えたい。」
「・・え・・?」

一瞬何を言われたのか理解出来なかったようだ。
「白哉様は、あなたを朽木家の養女にお迎えしたいと仰っておられます。
ああ、申し遅れました。私は朽木家の執事でございます。」

同じ事を何度も言うことを私が嫌うことを知る、爺が先に気を利かせた。
こういうことは爺に任せておいた方が適任だろう。

「・・養女・・?私が・・ですか・・?」
「さようでございます。
さすれば、学院も即卒業となりますし、無論、護廷十三隊にも入隊することは確実。
よきお返事さえお聞かせいただければ、すぐにでもお手配いたします。
今現在の宿舎をお引き払いいただきまして、朽木のお屋敷にお住み頂くようになりますが、身の回りも含めご不自由なさらないよう、私めが精いっぱい努めさせていただきます。」

「ですが・・私はまだ・・未熟でして・・まだ学ばなければならないことが・・。」
「ご心配はいりません。朽木家の最高の教師があなた様をお教えさせていただきます。
鬼道、剣術、勉学、作法にいたるまで個人教師による最高の教育が受けられまする。

・・・いかがでしょう、悪いお話では決してないと思われますが。」

ルキアは戸惑っていた。
いきなり、自分にかような話が来るのが、理解出来なかったのだろう。

そこへ、ルキアの知人らしき赤毛の小僧が入ってきた。
「・・ホ、どうやら邪魔が入った様子。
それでは・・・色よい返事をお待ちしております故・・。」

我々はそして学院を後にした。
そうだ。私がルキアに会いに行ったのは、養子の話をするためであって、返事を聞くためではないからだ。
返事など、聞く必要はない。
後ろ盾もないただの小娘一人など、どうにでもなるからだ。
学院側がこの度の話を協力するといった段階で、ルキアは私の妹になることが決定しているに等しかった。

もしルキアが「否」と言おうが、学院から退学処分をちらつかされれば、「否」が「諾」になっただろう。平民にとっては、学院を出なければ死神になる道は永遠に閉ざされるのだから。


『・・・存外早く結論を出したな。』
このタイミングだ。恐らく何故自分が朽木の養女に望まれているのか聞けてはいまい。
『<朽木>と聞いて、飛びついたか・・?』
にしては、昼間の様子を見る限りでは驚きこそあれ、身に余る話に喜ぶといった様子は感じられなかった。
戌吊出身というが、その眼に下卑たものは一切ない。赤子の時に捨て去られ、相当な苦労をしてきたはずだが・・・。

ルキアの眼は澄んだ眼をしていた。
・・魂の澄んだ眼だ。

「白哉様。」思索していた私を爺が呼ぶ。
「何だ。」「ルキア様の事ですが・・。」「・・何だ。」
「本当に護廷十三隊にご入隊させてもよろしいので?」
「構わぬ。そもそもそれが条件ゆえ。」
「ですが・・死神になる以上、危ないこともおありですし・・。」

爺は、緋真の遺言の内容を私以外知る唯一の者だ。
『私が姉だとは明かさずに、白哉様のお力で妹を護ってやってください・・。
私は姉と呼ばれる資格はありません、ですから白哉様を兄と呼ばせてやってください・・。』

確かに死神は危険だ。だがルキアの死神の道さえ閉ざせば、内外に余計な疑念を招きかねまい。

「危険の無き様、手は回す。

そうだな・・隊は十三番隊がよかろう。
浮竹は、部下を大事にする男だ。信頼も高い。
副隊長の志波は気に入らぬ男だが、信頼には足る。」

脳裏に人好きする海燕の顔が浮かぶ。
誰からも慕われる男だ。恐らくルキアも手懐けるだろう。
しかし十三番隊三席があの男の妻だ。・・・間違いも起こるまい。

「では、早速そのように。」


・・そして・・ルキアが朽木家にやってきた。
客間に通されたルキアは緊張のせいか、相対する私の前で石のように強張っていた。
もっとも・・膝の上の手はカタカタと震えていたが。

「・・・ルキアと申します。」
「承知している。」

無様な挨拶をにべもなく撥ねつけると、ルキアの肩が跳ねあがった。
その拍子にこちらへ向けてきたルキアの瞳は・・・極度の緊張と恐怖が滲んでいた。

「あ・・申し訳ありません!あ・・あの・・この度は朽木家に引き取っていただいて有難うございました。朽木家の名に恥じぬよう、頑張りますのでよろしく・・お願いいたします。」
「この家で何か不自由な事があれば、爺に申せ。よいな。」
「は・・はい。
あの・・。」
「何だ。」
「私は今後何とお呼びすればいいのでしょうか・・・。
白哉様ですか・・?それとも・・・」
「私はお前の兄となる。兄と呼べばよい。」
「では・・白哉兄様・・でよろしいですか?」
「・・うむ。」

ほっとしたように息をつくルキア。・・・心臓の鼓動がこちらまで聞こえてくる気がした。
「では後の事は爺に任せる。よいな。」
「はい、畏まりました。白哉様。」

早々に、その場を引き払った。
緋真と同じ顔で私に恐怖の目を向けるルキアを見たくなかったからだ。
ルキアが私を恐れる理由は簡単だ。
ルキアを養女にした偽りの経緯を聞いたのだろう。
『死んだ妻によく似ている為、ルキアを気に入り妹にした。』
それに多少の尾ひれがついたとしてもおかしくはあるまい。

見るたびに、緊張と恐怖の色を瞳に浮かべるルキア。

「・・遠いな。」同じ朽木を名乗る間になりながら、私とルキアの心はこんなにも遠い。
形だけの兄とはよく言ったものだ。

・・私はなるべくルキアとは関わらぬこととした。
時折私に向けられるルキアの瞳には緊張は残るものの徐々に恐怖は無くなっていった。その代りにその瞳に現れるのは寂しさか・・。

ルキアが時折、自ら私に歩み寄ろうとしているのがわかる。
だが、私の態度は変わることは無い。
恐らくルキアには私がルキアを拒絶しているがごとくに見えているだろう。

・・分からぬのだ。
兄と妹がどのような会話をすればよいのか。
どのように接するものなのか・・。
自分の父母とでさえも、心温まるような会話などした記憶は無い。
いきなり養女となったあれが、不安も心細さも覚えているのも、解っている。

だが、肝心のどうすればよいのかを解らぬとは。
あらゆる最高水準の教育を受けたこの私が、だ。

私の前で強張る表情。こちらにまで伝わる緊張感。
・・・40年を経た今でもそれは変わるものではない。


・・・兄と妹。
戸籍においては、朽木の生存する者の中で最も近い距離にいながら、実際は冷えたものに他ならぬ。

・・・これでよかったのか。
私の妹になってルキアは本当に良かったのであろうか。

・・・考えれども答えは出ぬ。


出ぬまま、私とルキアは冷めた距離を歩み続ける。




何処まで歩めばよいのか・・・それも解らぬまま。





なんちゃって。

 

 

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