冷えた距離(朽木ルキア)
・・・私は人と接するのが苦手だ。
真央霊術院に入りはしたものの、クラスの違ってしまった恋次は多くの友人に囲まれているのに、私は何時まで経っても友と呼べる者は居ない。
このまま友を持つこともないまま、ここを卒業していくのだろうか・・。
ぼんやり窓の外を見ながら考えていた時、私の名を呼ぶ声がした。
「ルキアくん!」
見れば、普段は教室など来ない筈の副学院長が緊張した面持ちで二人の見かけない者たちと共に、私を見ていた。
一人は老人で、一人は私よりは上だが若い男だ。
その一見して上流階級の身なりと、離れたところからも伝わる強大な霊圧に、私はおののき、直ぐに返事ができなかったのを覚えている。
そして、その若い男があの四大貴族の朽木白哉と聞かされ、更に驚きは強まっていた。
何故、そんな人が私に会いに来るのか・・とまどいは、更に驚きへと変わった。
「お前を我が家の養女に迎えたい。」
感情を映さぬ声で男は言った。
「・・え・・?」
今、何と言ったのだ?私を養女にだと?初めて会った私を養女だと?
四大貴族の朽木家が何故私のようなものを養女に望むのだ?
解らない。
耳がおかしくなったのか?
聞き返されたのが気に入らなかったのか、その男は不快そうに眉を寄せるのが分かった。
すると、隣の老人が代わりに私に話し始めた。
この老人は、目の前にいる男・朽木白哉の執事なのだという。
その執事は、朽木家の養女になれば、学院をすぐ卒業させてくれること、更には私の夢であった護廷十三隊に即座に入隊させてくれる手続きもしてくれるのだと言う。
まさに夢のような話だ。死神に即座になれるのだというのだから。
だが、学院の私の成績は特別良いわけでも無い。自分の未熟さは自分でよく分かっていた。
「ですが・・私はまだ・・未熟でして・・まだ学ばなければならぬことが・・。」
・・その通りだ。未熟なまま死神になったとしても足手まといになるだけだ。
すると、朽木家のお抱えの家庭教師により、最高の教育が受けられるので、心配に思うことは無いのだとその執事は言い切った。
・・・夢のような良い話だ。
だが、何故?何故私にこんな話が来る?他に優秀な者ならいくらでもいる。
なのに何故私にこのような話が来るのだ?
混乱していたその時に、恋次の声がその場を遮った。
「ルキア!!ザマあ見やがれ、俺、二次受かったぜ!これで次受かったら・・」
その声で正気に戻る。・・・そうだ。これは夢ではない。現実なのだと。
執事と男はそれを機会に去って行った。
良い返事を期待していると言い置いて。
恋次が何事かと聞いてきたので、顛末を話した。
私には過ぎた話だ。断ろうと思っていた。しかし、恋次は違った。
「やったじゃねえか!」「はっ?!」
大貴族に養子に行けるなど、幸運だ。贅沢も出来る。旨いものも食える。
即卒業なんて羨ましくてムカつくほどだ・・と。
お前はその卒業するために必死で勉強しているのではないのか?
2次試験が受かって喜んでいたのは何だったのだ?
私はそんなお前を羨ましくもあり、どこかで誇らしくもあった。
同じ戌吊出身の者が頑張る姿を。
・・・そんな恋次から受けるのが当たり前だという風に言われ・・・
・・・私は恋次からも見放された気がしたのだ・・・。
「そうか・・ありがとう。」
次の日、私は副学院長の所へ赴き、養子の話を受ける旨を伝えた。
自棄になっていたこともある。
それに・・・家族と言うものが出来れば・・この孤独感から逃れられるのではないかと・・・そう思ってもいた・・。
「そうかね、まあ・・いい話だ。
悪いようにはならんだろう。」
何か含みを持つような、その物言いに私は聞きそびれていたことを聞いてみた。
「あの・・何故朽木家は私を養女に迎えることにしたのでしょう・・何かご存じではありませんか?」
すると、副学院長は言いにくそうだった。
「副学院長からお聞きしたことは誰にも言うつもりはありません。ですから、是非教えてください。」
「・・・くれぐれも私から聞いたことは秘密にしておいてくれるかね?」
「はい。」
「あくまで噂なのだがね・・朽木家の当主、朽木白哉様の奥方が昨年亡くなられたのだが・・・その奥方と君が非常によく似ているのだそうだ。
だから、白哉様が君を気に入って養子にしたいといい出したと言うのだが・・本当のところは定かではない。あくまで噂だ。」
私と、あの男の亡くなった奥方が似ている・・?
意外な話だった。
私が朽木家の養女になるという話は次の日には学院中に広まっていた。
これみよがしに、うらやむ声が聞こえてきた。
「あ〜〜あ、あたしも亡くなった奥様に似てたらな〜〜。
そうしたら、大貴族の一員になれたのに〜〜。」
「顔が似てるってだけで、貴族になれるんだものね〜〜。」
「でも、亡くなった奥様の代わりでしょ〜?いったい何されるのかしら〜〜。」
「そりゃ、<奥様>の代わりなんじゃない?」
「イヤ〜〜!不潔〜〜!
それって、ハッキリ言って身売りじゃない〜!」
「バッカねえ。そうでもなきゃ、こんないい話あるわけないじゃない。」
「そういや、そうかも〜〜。」
・・・・そうなの・・・か・・?
私は・・・亡くなった奥方の代わりで、拾われたのか・・?
私は・・一体・・どうなるのだ・・?!
増大する不安。やはり断れば良かったのではないかと思う後悔。
その間にも、着々と恐るべき速度で、養子の話は進んでいた。
学園とあの朽木家の執事との間で私さえ了解せぬうちに日取りは着々と進んでいた。
もはや後戻りはできなかった。何故なら学院の方から早々と卒業証書が渡されていたのだから。
学院にはもう居られない。どこにも行くところなど無いのだ。
朽木家以外には・・もう・・。
朽木の家に移る日・・・
執事に連れられて、当主の朽木白哉と2回目の面談だ。
この男は私をどうするつもりなのだろう・・。
妹にはしたものの・・私をどうするつもりなのか・・。
緊張して口の中はカラカラに乾いていた。
それでもなんとか挨拶しようと声を出す。
「・・・ルキアと申します。」
「承知している。」
養子になったのだ、私の名など知っているのは当然だ。
だがこの<兄>にあったのはこれが二回目。しかも名乗りすらしていない。
にべもなく、撥ねつけられて思わず顔を<兄>に向けた。
怒らせただろうか。怒らせると私はどうなってしまうのだろうか。
「あ・・申し訳ありません!あ・・あの・・この度は朽木家に引き取っていただいて有難うございました。朽木家の名に恥じぬよう、頑張りますのでよろしく・・お願いいたします。」
必死で話すものの、声は後になればなるほど小さくなっていく。
我ながら情けない。
「この家で何か不自由な事があれば、爺に申せ。よいな。」
「は・・はい。
あの・・。」
「何だ。」
「私は今後何とお呼びすればいいのでしょうか・・・。
白哉様ですか・・?それとも・・・」
私は妹として認識されているのだろうか。
皆が言うように、<ペット>などと言うのなら、兄と呼ぶことなど許されまい。
「私はお前の兄となる。兄と呼べばよい。」
「では・・白哉兄様・・でよろしいですか?」
「・・うむ。」
・・ほっとした。
私はちゃんと<妹>として認識されているのだと・・。
「では後の事は爺に任せる。よいな。」
そして<兄>は・・白哉兄様は早々に立ち去ってしまわれた。
その後同じ屋敷に住んでは居ても、私はほとんど兄様の姿を見かけない日々だった。
見かけたとしても、挨拶するだけ・・。
私など見えても居ないように思えた。
流れる月日。私は危惧していたようなことは無いのだと、徐々に確信にいたるようになっていた。
兄様は私とは殆ど会話をすることがない。見もしない。
・・私は家族と言うものを持ったことがないから解らないのだが・・・家族とはもう少し暖かな関係ではないのだろうか。
戌吊では孤児達があつまり一つの家に暮らしていたが、ともに笑いともに泣くという生活を送っていた。あやつ等とは良く話していたものだ。
・・家族がいる生活とはどういうものなのか・・。
そこには温かな深いつながり。
信頼と愛情に満ちた生活。
皆が憧れていた。
恋次も・・私も。
私は今確かに家族が居る。
だが・・・そこには冷えた距離しか感じない。
私が至らぬからだろうか。
だから、兄様は私を見ないのだろうか。
兄様は私を気に入り、養女にしたというが・・とても気に入っているとは思えない。
・・寂しさを言うのはおこがましいと思っている。
金にも食うものにも何不自由ない生活をさせていただいているのだ。
・・しかし・・・ここは・・あまりにも寒い・・・。
・・家族を持つことに憧れていた。
何よりも強い絆という家族と言うものに。
だが、その唯一の家族・・・兄様との距離はあまりに冷たいものだ。
・・このまま・・・冷えたこの距離のまま過ごすのだろうか・・・。
・・・兄様は私を見ない。
・・・兄様・・・私は見るにも値しない妹なのでしょうか・・・。
・・・死神としてもう少し腕を上げればみてくれるのでしょうか。
ですが、兄様との差はあまりにも広くて・・・
・・・兄様の後姿さえ、見る事が出来ないのです・・・。
・・寂しさを言うのはおこがましいと思っています・・・
・・でも・・・でも・・・・
なんちゃって。