不愉快な男(涅マユリ)

・・世の中には私の興味の持てない者ばかりで満ちているものだがネ。

私を不愉快にさせる者はそうは居ないものだ。
言っておくが、私に礼を失する言葉を投げつけてくる者などは、私をなんの不愉快にもさせはしない。
そんな、蛆のようにいくらでも出てきそうな言葉などに、私を不愉快にさせる力など無いのだヨ。

私を不愉快にさせるのは・・・私が理解出来ない者だけだ。

浦原喜助。
この男ほど私を不愉快にさせる男はいない。

・・・私は、許可を取っていない人体実験を繰り返したことで、『蛆虫の巣』に入れられた。
能力もそして成長も見込めない哀れな“同僚”たちに次々と、私の実験材料になってもらったわけだネ。無論”同僚”の同意などは取っちゃいないヨ。
私は無論責められたヨ。それなりに罰を食らいもしたのだがネ。
だが、思った以上の罰は私には与えられなかった。何故だって?簡単さ。
”同僚”の遺体が”発見”されないからだヨ。私が原形とどめずに利用させてもらったからネ。決定的な証拠があがらないわけだ。
軽微な罰、私にとってはそんなことは何の枷にもなりはしないのだヨ。

試したいことがあって、実験材料にしか利用価値がないような無様な者を目の前にすれば、そうするのがむしろ当然だとは思わないかネ?

『蛆虫の巣』に入ってからも私はそれを繰り返した。
あいつらは、頭の半分以上イカれたような奴らだからネ、良い材料になってくれたヨ。
そして、それも知られることとなり、私は唯一檻の中に入れられた収容者となったわけだ。

檻の中で隔離された生活。私が、落胆したかだって?まさか、そんな事があるわけがないヨ。
実験が出来ないのならば、檻の外に居ようが中に居ようがどんな違いがあるというのかネ?
ただ無意味な日々が流れる、ただそれだけのことだ。

そんな時に、浦原喜助が来たんだ。

へらへらした若造だった。そして、自分の名を名乗ってあいさつした後、途端に私の研究の内容について語り始めた。
「あなたの研究論文読ませて貰いました。」
「ホウ、そうかネ。それはご苦労な事だネ。」
あれを読むということは、この男それなりに科学の知識があるということだネ。

「素晴らしかったです。」
「・・ホウ?そんなお世辞で私を懐柔できると思っているのなら、随分と私も軽く見られたものだネ。」
「お世辞じゃありませんよ。いやだなあ。
あなたが開発した神経毒の新毒の効果の検証方法は素晴らしかった。
徹底して、臨床検査を踏むことで、後の新毒の検証方法が格段に効率があがってますよね?
あれは、実際に臨床をしないとたどり着けないと思うんスよ。
新毒に至るまでの、何がどう特徴があるものの、不採用になったか、ちゃんと全て検証している。その姿勢も見事っス。」

「・・ホウ?それに至るまでに何体の“犠牲”があったのか、君は糾弾しないのかネ?」
「もちろん、そのことについては、ボクとしても賛成しかねますけど、倫理上の問題を除けば研究、立証に望む姿勢はボクは素晴らしいものがあると思ってるんス。」

・・・解せない男だとは思わないかネ。
私の研究をあたかも評価しているように聞こえるじゃないかネ?
罰するべき側の物の言いようではない。

「・・・見え透いたな当てこすりは止め給えヨ、何が言いたい?」
「いやあ〜〜、実は実験用の疑似生命体を作れば、どうかな〜〜なんて思ってましてね?」
「そんなものはもう、似たようなモノが出来ているじゃないかネ、いかにも使えない代物だがネ。」
「だから、それを“使える”ようなものを作るんスよ。
ちょっと見てくれませんかね、コレ。」

奴が牢越しに差し出したのは一つの論文だ。

そして私は目を通せば通すほど、不愉快になっていったヨ。
テーマは全くこれまでとは違う形態の義骸についてだった。

次元の違う内容だヨ。そうだネ、ああいうのを書くのを天才というと認めてやってもいい。
私の到達していない領域。
独創的かつ完成度の高さは、一種の美すら感じさせるものだったネ。

・・・そんなのを見せられて、不愉快にならないはずはないだろう?

「どうっスか?」
「実に不愉快で興味深い内容だネ。一応確かめておくがこれは君が書いたのだネ?」
「不愉快ってそんな〜〜。でもそうっス。ボクが書きました。」
「見てみるところ、まだ研究途中じゃないかネ。そんなものを他人に見せるものじゃないヨ。
特に同じ科学者にはネ。」

「ボクはあなたにはいいと思ってるんスよ。」
「解せない思考回路だネ。」
「あなたは、本当の科学者だ。自分の研究にプライドを持っている。そんなプライドの高い科学者が、他人のアイデアを盗んで自分のものとするなんて、死んだ方がいいと思っている。違うっスか?」

「・・不愉快な男だネ。君は。」

科学者は反目する。
それは自分が最高の科学者であると信じているからだ。
その信念無くして、科学の道など進めはしない。
狂気の縁に身を置きながら、それでも自分を保てるのは自分が最高であるという自負だけだからだ。

浦原喜助。
君は私を随分持ち上げているようだがネ。

不愉快以外の何物でもないのだヨ。

特に君に言われるというのが最も不愉快極まりない。

君とは関わりたくないものだネ。




なんちゃって。

 

 

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