獣に剣の道を教える者(山本元柳斎重國)

「総隊長、大変です!!」
山本元柳斎重國に、その一報が入ったのは狼藉者が十一番隊隊長である当時の『剣八』と決闘するという事が決まってからの事だった。

その狼藉者は事もあろうに、自分の事を「剣八」と名乗ったのだそうだ。十一番隊長がその名は十一番隊長が歴代名乗ってきた名であり、お前のような者が名乗って良い名ではないと言い、自分も剣八と名乗った所、「同じ名前は二人はいらねえな。よし、俺とこれからちょいと殺し合おうぜ。で、勝った方が剣八だ。」と事もなげに言ったそうな。

相手は死神にさえなっていない男だ。
最強とされる十一番隊隊長が勝つと、皆が思っていた。

決闘は二百名以上の死神が立ち合うという、異例ながらも正式な手順を踏んだものとなった。

山本はその事態を聞き及び自らその戦いを見届けることにした。
それを聞いた周囲は意外そうな顔をした。
それはそうだろう。隊長・・しかも最強である十一番隊の隊長”剣八”が、死神にもなっていない男に負けるとはだれも思わないだろうから。


・・・かくして、死闘を制した入隊試験さえ受けていない男が、新しい剣八となったのである。

その戦いを見届けた者は誰しも、「・・あいつ・・・無茶苦茶だ。」と感想を述べたという。
新しい剣八は傷つくことをなんとも思っていないようだったと。
斬られても怯むどころか、嬉しそうにさえ見えたのだという。
剣の筋は無造作で読みにくい。
あまりにも常軌を逸したその男の戦いぶりに、先代の剣八は徐々にペースを乱していくのがだれの目にも解った。

「・・ふむ。」その戦いを見守った山本は、「いた仕方あるまい。」とだけ呟き、十一番隊の隊長を入れ替えるべく準備するよう指示を出した。

更木出身というその男、剣八という名はあるが、名字までは考えていなかったらしい。名字がないと不便と言われ、めんどくさそうにそのまま出身を取って、更木剣八を名乗ることとなった。

隊長就任で、正式に剣八と見えることとなったのだが、山本への敬意など当然見せる筈もなく、「何だ?このじいさんは。こんなじいさんが総隊長やってんのか。」と無礼にも程がある言葉を吐き、その場を凍りつかせるほどだった。
山本が視線を合わせると、流石に山本の実力を察したらしく、少しは大人しくなったようだが。

十一番隊は大丈夫なのか?皆の不安がささやかれる中、山本が剣八を呼び出した。

「何だよ。爺さん。」未だに基本的な言葉づかいは直らない。
「お主はちゃんと剣の修行をしたことはないじゃろう。」「それがどうした?やってなくても、前の隊長は倒せたぜ?」
「たしかにのう。じゃがお前の剣はあくまでも我流じゃ。
それはそれでよい。しかしおぬしとて、正式な剣がどういうものなのかは、知っておく必要があろう。」
「ああ?いらねえよ、そんなもん。」

「まあ、そう言うな、わし直々に剣道とはなんたるかを教えてやろう。」
「じいさんにか?」
「総隊長のわしに剣の手ほどきを受けることなどそうないぞ?どうじゃ。」
「いらねえ。堅苦しいのは嫌いなんだよ、俺ァ。」即答だ。
「そうか。では総隊長のわしがどれほどの腕前なのか知りたくはないか?」
「じいさんを殺っていいってんなら俺はいいぜ?」
「ほほう。それは楽しみじゃの。」


そして、山本は剣八に剣の修行をつけることとなった。

まず木刀という所に、剣八からは盛大な文句が飛び出した。
「誰も抜き身でやるとは言っておらぬ。」といけしゃあしゃあと避わすところは、年の功といったところだろうか。

「わしの真似をするのじゃ。」
立ち方、座り方。礼。構え方、素振り。
いかにもイヤイヤ付き合っているというのが解る。

そして乱打になって初めて少し楽しくなったようだ。
この際、山本は木刀を両手で持つということを徹底させた。
普段片手持ちで戦う剣八にとっては動きにくそうなことこの上なしだが、天性の素質は並大抵のものでは無いため、徐々にそれらしい動きになってきていた。

「なんで両手で持つんだよ、剣道てえのは。やりにくくてしょうじゃねえぜ。」不満を漏らす剣八。
「こういうこともできるようになるからじゃ。」
山本は道場の戸を開け放つ。そして、そこから望む庭の奥、大きな庭石に目をつけた。
上段の構え。気を溜める。
そして振り下ろされた木刀の先からの剣圧は、離れたところの庭石を真っ二つに裂いていた。

「まあ、これはあくまで小手調べじゃがの。」

言い置いて、改めて剣八に向かい合った。
「おぬし、戦いが好きか?」「でなきゃ、こんなめんどくせえモンにはなっちゃいねえよ。」
予想通りの答えだ。
「では、おぬしの好きな戦いをより多く楽しむ為には、強くならねばのう。」
「たりめえだろうが。」
「おぬしの剣は我流。それゆえの強みもあろう。じゃが、必ずそれで行き詰る時が来る。
おぬしの嫌う剣道なる者は、先達が長きにわたり培ってきた者。
死神が剣道を皆、必須として習うのはそれなりの意味があるからじゃ。

剣道を知らずして、我流を行くのと、知って我流を歩むとでは、おぬしの進める先は違うとわしは思うておる。」
「・・じじい、なんで態々それを俺に教えるんだ?」

「おぬしはこれからも強くなるじゃろう。おぬしのみの力でのう。
じゃが、全てを己ひとりで学ぶことは不可能じゃ。
わしは護廷十三隊をまとめる者。

各隊長も含め、戦力が上がるよう手を加えることも仕事のうちじゃと思うておる。」
「隊長になっても、じじいの世話になるってか?」
「おぬしは知らぬじゃろうが、真央霊術院を開いたは、わしじゃ。
古参となりつつある浮竹も京楽もわしが霊術院から教えた。

おぬしなぞ、わしにとってはまだまだ子供のようなものじゃて。」

「・・ちっ、じじいの癖にいつまでも元気な野郎だぜ。」
「そのじじいに拳骨を食らわぬよう、おぬしも気をつける事じゃ。」


山本が剣八に剣を教えたのはわずかな時間だ。
だが、それで十分だった。
剣八はというと、折角山本直々で剣を習ったというのに、相変わらず我流を通しているようだ。

「・・・総隊長の教えをなんと心得ておるのか・・。」思わず漏らした、副官の不平に、山本はこう答えたという。

「あれは獣じゃ。獣に人の剣を使えと申しても所詮は無理じゃ。」
「では何故わざわざお教えに?」
「獣は本当の生き死にに関わる場においては、生き残るべくあらゆる記憶をたどるものじゃ。
其の記憶に、先日の事があればそれでよい。

・・・獣とて、護廷十三隊においては重要な戦力じゃ。
有効に使えるようにする、それもわしの勤めじゃろうて。」

剣八は山本の事を剣の師などと、微塵も考えてはいないだろう。

そして、山本もまた同様であった。



なんちゃって。



 

 

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