夏の獣(グリムジョー・ジャガージャック)


「・・くそっ・・暑ちィな・・。」

自宮の私室に敷かれたラグの上で、グリムジョーが悪態をついている。

現世における地球温暖化はどうやら虚圏においても影響を及ぼしているようだ。
年々暑くなる夏の虚圏。
本来夜しかない世界なのだが、ラスノーチェスでは藍染の力により昼夜がある。
そして、ご丁寧にも季節によってその日差しも変わるようになっていた。

気温があまりに高いようになると、流石のアランカルたちも動く気を削がれるようだ。
日差しが陰り、少しは涼しくなってくるまでエスパーダたちも自宮でおとなしくしている場合が多かった。

そして、それはエスパーダ一バイタリティがありそうなグリムジョーにもどうやら言える様である。

片ひざを立て、もう片方の足は投げ出して座るのは、たるい時のグリムジョーの癖だ。
グリムジョーの私室には基本的に家具らしいものがない。
椅子もテーブルもない。もっと言えば、ベッドすらない。
グリムジョーが家具と言うものを嫌うからである。

体を休めるときも座るときも、基本的にラグの上だ。
物を食うときもラグの上で食う。食器は直置き。スプーンやフォークなども普段は使わない。
ワイルドといえば聞こえはいいが、行儀が悪いと言えばその一言に尽きるだろう。

暑い夏。
無論、日中の暑さにグリムジョーは悪態をつきまくる。
・・だが・・。

『・・夏はそんなに嫌いじゃねぇ。』
日のあるうちは、長くラグの上で伸びている浅黄色の豹は、夜になると一変する。
本来の獣の野生が一気に体の中に宿るようだ。
一日の動きが夜という時間に凝縮される。

より言動は挑発的になり、好戦的になる。食欲は増し、気分も高揚してくるようだ。
そして、今日もラス・ノーチェスに夜が訪れる。

ガツガツと物を食む音が木霊する。
グリムジョーの食事だ。大きな骨付きの肉の塊を手で掴み、そのままかぶりついている。物凄いスピードだ。あっという間に骨だけにしたかと思うと、ポイと乱暴に皿に残った骨を投げ、酒と思しきものを味も素っ気もないかのように一気に飲み干した。
そこで指に肉汁がついていることに気がついたらしい。
ちゅっと音を立てて指を舐ったと思えば、勢い良く立ち上がった。どうやら食事が済んだようだ。

「さて・・と。」ズカズカと歩み始めたグリムジョーにシャウロンたちが声をかける。
「何処へ行く、グリムジョー。」「あぁ?何処だっていいだろうが、んなモン。」
「我らも共に行こう。」

「・・ちっ、ついてきたけりゃ、勝手にしろ。」
グリムジョーとシャウロンたち従属官は少し変わっている。
グリムジョーには従属官を持っているという意識はない。
ただ、勝手についてきている手下。そんな感じだろう。

今日のグリムジョーは喧嘩をふっかけたい気分のようだった。
無論、吹っかける相手となれば、同じエスパーダでなければつまらない。

袴に両手を突っ込み、肩を揺らして歩く度に、見事に割れた腹の筋肉がゆれる。しなやかで強靭な筋肉は予想外の柔軟性も兼ね揃えている。
その後ろに続く従属官たち。

『・・夏の夜は嫌いじゃねぇ。

熱気のまだ残りやがった闇をみてると、こっちも昔を思い出す。
まだ豹の姿をしてた、あん時を。

今でこそ破面化してヒトの姿になっちゃいるが、俺たちは所詮は獣でしかねえ。
どんなに格好つけたところで、その本性ってのは獣なんだよ。

いいじゃねえか。獣でよ。
他の奴を喰って生き延び、強くなる。
解りやすくてサイコーじゃねえか。

だから、俺はウルキオラが気にいらねえ。
まるで石の置きモンみてえな面しやがって。
所詮はてめえも元はケダモノだろうが。破面にしてもらって本性までも変わったってか?

・・・気にいらねえ。

その石みてえな面の化けの皮を、俺が剥がしてやる。』

今日の行き先が決まったようだ。
どうやって挑発してやろうか。

思いを巡らせるグリムジョーのニヤリと笑った引き攣れた唇の端から、長めの犬歯が覗いていた。



なんちゃって。

 

 

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