熱帯夜(藍染惣右介)
・・なかなか暑い日が続いているね。
体調を崩しがちな者もいるだろう。体には気をつける事だ。
昼間の熱気は夜になっても静まり切ら無い日はないかな?
闇夜に包まれていても肌にじっとりと汗をかくような。
・・まるで夜の闇自体に熱があるかのような錯覚を起こさせる。
・・気をつけなさい。
闇夜には、獣が潜んでいるからね。
暑さは理性を緩ませる。
昼の暑さに耐え抜いた理性も、少し涼しくなった夜にはその緊張を忘れるものだ。
そんな日には闇夜に潜む獣を感じないかな?
潜む獣は君の本性だ。
普段は理性の内に飼いならされ、大体は大人しくいい子にしていることだろう。
・・だが・・夜はそうじゃない。
君の普段の理性の鎖を引き千切り、自由に疾走する機会を待っている。
獲物を探し、追い詰め、喰らい尽くすために、君の理性の鎖がもう少し・・そう、もう少しだけ緩むのを息をひそめて待っている。
闇夜に身をひそめて。
荒くなる息を無理に殺して。
だが、その眼のギラついた光は隠しようもないだろうがね。
感じないかな?闇夜に・・その息づかいを。
見たような気はしないかな?闇夜の中にキラリと光る二つの眼を。
獣は牙も爪も研ぎ澄まされ、君の隙を窺っている。
風すら止んだ夏の夜。
開け放たれた窓から外を見る。
蝉の羽化とおぼしき虫の声がそこそこから聞こえてくる。
じっとしているだけでも額に汗がにじむのが解る。
降りた前髪をうっとうしげにかきあげれば、癖のある髪は後ろへ流れ普段は隠された額があらわになる。
闇に獣が潜んでいる。
・・巨大な獣だ。しかもとびきり獰猛でね。言う事をきかせるのはこれでも大変なんだ。
理性的な人間は、その身に獣がいるということなど、考えられないという者もいるだろう。
だが、それは間違いだ。
理性とは必要だから培われるものなのだよ。
必要でもないなら、理性など育たない。
理性的と言われる者は、その身に制御するに難しい程の獣の本性があるからこそ、その獣を押さえるべく理性を発達させるものなのだ。
だが、理性で獣を殺してはならない。
殺してしまっては、その者の存在の意味は無いと私は思っている。
殺さず・・そしてその本性を生かしたまま押さえつけておく。
そのくらいでなくては、面白みがないと思わないか?
無風の闇に手をのばす。
すると闇の中の獣もこちらへ手を伸ばしてくる。
・・気をつけなさい。獣は鋭い爪をもっているからね。
闇夜の中には己の隠れた獣が住んでいる。
・・すまないが、もう少しそこでいい子にしておいてくれないか?
指先に獣の熱が一瞬触れ、次の瞬間にはまた闇へと戻って行った。
なんちゃって。