王の帰還(藍染惣右介)

・・・破面たちは一瞬誰もが押し黙っていた。

強張った顔で彼等が見つめる先には彼等の王が立っていた。

・・・眼鏡を棄て、隠されていた広い額を露わにした藍染だ。

『・・・とうとうこの時がきやがったか・・。』
諦めにも似た感情。
そこには、自分たちの王の帰還を喜ぶ気持ちは存在しない。

彼等は藍染によって破面となった。
新たな力を手にいれたことには少しばかりの感謝の気持ちはあるが、だからと言って藍染に心からの忠誠を払うものはごく僅かだ。
しかし、一応に彼等が藍染に形ばかりとはいえ忠誠を誓うのは、恐怖によるためだ。

彼等は恐れていた。

藍染の能力を。
藍染の科学的能力を。

何より藍染に恐怖という感情を感じないことに恐怖していた。

彼等の眼には未だ焼き付いている。
僅かな部下を従えた状態で、ごく静かにメノスたちに語りかけた藍染の姿が。
「新しい能力を手に入れてみたくはないかい?

・・・そう、『死神』の能力を。

そうすれば、君たちは退化することは無い。
同胞を喰らわねばならないという恐怖から君たちは解き放たれる。・・永久にね。」

足元にはうず高い、虚の死体。その上に立ち彼はあたかも神のように語りかけた。
正気の沙汰ではない。
敵しかおらぬ虚圏に乗り込み、静かな笑みを湛えた表情一つ変えずに、襲いかかる虚どもを一瞬にしてなぎ倒し、何事も無かったかのように今度はメノスに新たな能力を与えるのだという。
『・・・なんだ・・こいつは・・。』
得体の知れない新たな恐怖。それこそが藍染だった。

藍染はその時から、彼等の王となった。
彼等は今までの恐怖から解放される代わりに、藍染と言う新たな恐怖に支配されている。

藍染は五番隊の隊長を務めながら、同時に虚圏に虚夜宮を建立させ、着々と支配体制を築いていった。
それまでの混沌とした虚圏に整然とした秩序が生まれ、奇妙な平和が訪れていた。

破面となって、同胞を喰らわずとも退化することは無くなった彼等。
奇妙な平和により、奇妙に安定した日々。
藍染は虚圏と尸魂界を行き来している。だが、藍染も尸魂界側には当然こちらのことは秘密裏にしている。
虚圏にいる時間も限られていた。
城を築いた以上、いずれは藍染は虚圏に拠点を移す日がくるのだろう。

・・が、彼等はひそかに思っていた。
『・・ずっと尸魂界で隊長やってりゃいいのによ・・。

こっちなんかに来んじゃねえよ・・。』

密かなる願い。決して口には出来ないような。


・・だが・・・

無情にもその時はやってきた。

「やあ、十刃諸君。

元気そうで何よりだ。」

ここまではいつもの挨拶だ。しかしこの後の言葉はいつものものではない。

「今日からは、ここが私の拠点となる。
改めてよろしく頼むよ。」

とうとうこの日が来てしまった・・。
破面たちに、失望にも似た新たなる恐怖の芽が芽生えるのが解った。
これからは絶えず藍染の眼が彼等に注がれることとなるのだ。

言葉を亡くした破面たちに、藍染の酷薄な唇から止めの言葉が放たれる。

「・・・どうした?

・・”おかえりなさい”の言葉が無いぞ?」

それは彼等の王の帰還ではなく・・・恐怖の王の侵略の宣言となっていた。



なんちゃて。

 

 

inserted by FC2 system