豆腐田楽(藍染と京楽)

「惣右介く〜〜ん!たまには呑みに行こうよ〜〜。」

回廊を行く五番隊隊長、藍染惣右介を呼びとめたのは八番隊隊長、京楽春水。
総隊長を除けば隊長の中でも古株に入るのだが、その言動はいかにも軽薄洒脱だ。
酒を愛するこの男、一人で呑むのも好きだが、二人で呑むのも好き。ついでに言えば大勢で呑むのも大好きという要するに酒飲みである。

京楽の無二の親友である浮竹は、肺病を患っているため、酒はあまりやらない。
酒の相手が欲しくても、流石に隊長ともなってしまえば、付き合ってくれる者も限られてくる。
藍染は、そんな限られた中のとりわけ付き合ってくれる確率の高い、貴重な存在でもあった。

呼び止められた藍染は声のする方に顔を向ける。
そこには派手な女物の着物の間からぶんぶんとこちらに手を振っている京楽の姿があった。
とても入れ替わりの激しい隊長たちの間で、二〇〇年もの長きにわたり隊長を務めてきた男とは思えない。

藍染はにっこりと穏やかな笑みを返して「京楽隊長の御誘いとあったら断れないな。」と快諾した。
「さっすが〜〜!やっぱ惣右介君はいい人だよ〜〜。この頃また呑みに誘ってくれる回数が減っちゃってさ〜。寂しくて仕方がないんだよね〜。」

いつものセリフで藍染に謝意を述べる。

二人が向かったのは、小さな居酒屋だ。
隊長クラスともなれば、もっと高級な所にもいけるのだろうが、京楽は上流貴族の出身にも関わらず、平民が集いそうな店を好む。
愛想の良い亭主とちょっと口やかましい女房が二人で切り盛りする店だった。

「いらっしゃい!京楽隊長!二〇時間ぶりでございますねえ。
おや、今日付き合わされてんのは藍染隊長ですか!
こらまた御苦労さまで。」
亭主の言葉に、藍染が「昨日もここへきてたんですか。」と少し呆れの入った驚きの言葉をつぶやく。
「だって、ここの酒を飲んで奥さんの小言を聞かないと一日が終わった気がしないんだよね〜。」などと悪びれることなく言う京楽。
「とりあえずは、酒をもらうか。」

隊長二人の差しつ差されつの酒が酌み交わされる。

京楽は実は酔いが来るのが早い。だがこのほろ酔いになってからが長いのだが。
良い気分になったところで、藍染に言いたかったことを思い出したようだ。
「ああ〜〜、そうだ。惣右介君。
前から言おうと思ってたんだけどさ〜〜。」
「なんですか?」こういう時の話は本音が多い。藍染は柔和な態度を崩さずに注意を払う。
「いい加減、ボクに丁寧語使うのやめてくんないかな〜〜。
ホラ、もう惣右介君だって、同じ隊長なんだしさ〜〜。」
「大先輩の京楽隊長に、ですか?」
「大先輩も何も、隊長になったらみんな同じさ〜〜。
だから、フツーにボクに話してよ〜〜。頼むからさ。」

困ったような表情をうかべて、藍染はその後ニッコリ笑った。
「解った。じゃ、これからは気をつけることにしよう。
・・これでいいかな?京楽隊長?」
「そうそう!!ソレ!!ソレが欲しかったんだよ〜〜。
なんか他人行儀みたいでイヤだったんだよね〜。」

気分がより良くなってきたのか、お猪口を左右に揺らして喜ぶ京楽。

「ああ〜〜、いい気分だねえ。
このところ大きな事件も無いし。
平和で何よりさ〜。」
「京楽隊長は戦いが嫌いみたいだからね。」
「嫌いさ〜。戦いなんて野暮なだけだよ。無いに越したことは無いさ。
仲間が死んでいくのなんて、誰も見たいもんじゃないよ。」
「・・一〇〇年前は特に酷かったからね。もっとも僕はその時は副隊長だったんだが。」

「あんときは・・ホント酷かったねえ・・。

・・平和が一番さ。こうやって酒が飲める日がいつまでも続いてくれないかねえ。」
「そんな京楽隊長だからこそ、総隊長は大事にされてるのかもしれないな。」
「ええ?山じいに?
浮竹は別だけど、ボクはそうでもないと思うけどな〜。」
「僕は少なくとも総隊長は、自分の後を任せられるのは浮竹隊長と京楽隊長の二人だと思っていると思うんだがね。」
「よしとくれよ〜。そんな話〜。そんなのはボクには向いてないし、するつもりなんてないよ。そんな面倒くさそうなの。
大体ボクにあの山じいの後なんて出来るワケないじゃない〜。」

「だから総隊長は二人にと思ってるんじゃないかと思ってるんだ。
護廷十三隊は強固に見えて実は脆い所がある。
それを崩れないように総隊長が一本筋を通してるのが今の護廷十三隊なんじゃないかと僕は思ってるんだ。」

「それはまあ・・言えなくも無いかな。この豆腐田楽みたいなもんかねえ。」
「良い表現だね。この幅広の串が総隊長というわけだ。

総隊長は当然まだまだ現役だけど、その座を降りる時を意識してないとは僕は思えない。」
「・・あんまり考えたくないけどねぇ。」
「だからその後を二人に、と思ってるんだと僕は思う。」

「あの山じいの後なんか誰も出来ないよ。」
「だから『二人』なんじゃないかなと僕は思う。
串の幅の広さはそうそう同じものにはなれなくても、二本の串になることで崩れやすい豆腐も田楽として調理することが可能だ。」

「それじゃボクじゃなくても惣右介君だってなれるだろう?」

「僕では駄目だ。
総隊長の意思を理解し告げる者、そして串二本になることのリスクを最小限にできるよう、串同志が強固な信頼関係にあること。

・・・京楽と浮竹しかいない。
それが出来るのはね。

君たち二人がいるからこそ、総隊長も現役を続けられるのかもしれないね。」

「・・やれやれ、何かと面倒だねえ。
じゃ、お前さんはこの田楽の豆腐でいいってのかい?」

木の芽味噌のかかった田楽をついと上げる京楽。

「どうせなら僕は真っ先に落ちそうな端の方がいいな。」

「何でまたはしっこがいいのさ。」

当然の質問に藍染が答えた。
「端の出来の良しあしで、田楽の出来も決まるだろう?」

すると京楽が楽しげに笑う。
「流石だねえ〜!

じゃ、田楽に乾杯といきますかね!」
「乾杯。」「乾杯〜〜!」


今日の京楽の帰りも遅くなりそうである。




なんちゃって。


 

 

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