蛆も育てば空を飛ぶ(浦原喜助)

喜助は特別檻理棟にいた。

特別檻理棟とは、死神になったものの危険分子と判断された者が放り込まれる施設である。
檻理隊の部隊長の仕事には、毎日この特別管理棟の見回りも含まれている。

見回りの際に喜助に従う部下はいない。必要無いからだ。いや、この場合居た方が業務の支障になるといえるだろう。
特別管理棟に入るには武器の所持は認められていない。

つまり、収容されている者は当然だが、管理する側も丸腰ということになる。
収容されている者の中には精神に異常をきたした者もいるし、その中でも戦闘能力に優れているものだっている。

何かの弾みで暴徒化した者が襲いかかってくる可能性は高い。
そんな者たちを素手で制圧出来る者でなければ、危なっかしくて中に入れないのだ。
それゆえ、その条件を満たして部隊長になった喜助一人が中に入り、収容者たちの様子を見まわるのである。

壁の一点を何時間でも飽きずに瞬きすらせずに見続ける者。
何やらぶつぶつ言いながら紙に向かって何かを書きつける者。
うっとりと虚空を見上げて徘徊する者。
童謡を成人男子にあるまじき高音でひたすら歌い続ける者。
尺取り虫のように床を這う者。

・・・中は異様な風景が広がっている。
だが、彼等は基本的に”何も犯罪は犯してはいない”。
それでも、隔離され収容されている。

問題を起こす恐れが高いと判断された者を、”問題を起こす前に”収容し世間の目から遠ざけるという、四六室が考える”ことなかれ”主義の一端でもあった。

喜助は穏やかな表情のまま、中を見まわっている。
声をかけるかどうかは、収容者の性質で喜助自体が判断する。
喜助の足が止まった。

椅子に腰かけ、必死で何かを書きつけている者の前で。
「いやあ〜、さすがっスねえ。もうそれ解いちゃったんですか?」
「・・・う・・・。」
声をかけられた者がスローモーションのようにゆっくり首をまわし、喜助の方へ視線を向ける。
言葉がうまく発せられないようだ。動作も鈍い。
しかし、紙に書きつけられたものの内容は、最高難易度の数学だ。
学者レベルが必死になって挑む問題をその者は驚くべくスピードで解いていく。
「あ、今日はいいものを持ってきましたヨン?ほ〜〜ら。あたらしい数学の立証ですよ〜?」
懐から出した紙を、その者の前へ置いてやる喜助。
すると、またスローモーションの様なゆっくりとしたスピードで首を回し、その者の視線が紙に戻る。
内容を一通り見たと思った瞬間、その者の目がぐるぐると回り始めた。
普通の者ならば、その光景の異常さに直ぐに逃げ出すことだろう。

・・そう。この者はこういった行動が”危険”とされて、此処に収容されたのである。
この他にも言動は奇異として見られるが、特出すべき能力にたけている者たちが、ここには多く存在した。
ただ、あまりにも奇異として目に写るため、その能力を使う道すら与えられずに此処に放り込まれているのだ。

「・・何にもしてないってのに・・尸魂界も酷な事やるっスよねえ・・。」

独り言のように呟く。そして振り向きざま、いきなり殴りつけてきた大男の拳を受け止めていた。
「おはようございます〜〜v今日も元気そうっスねえ。いやあ〜〜、何よりっス〜〜v」

フーフーと息を荒げているこの大男は、強くなりたいがために禁止薬物を大量摂取し、望みどおりに異常なまでに成長した筋肉に覆われた肉体を手にした代償に、精神に異常をきたしたものである。
時折このように暴力衝動を抑えきれずに暴れるのだ。
「うおおお!!!!」全力で喜助の手を押しのけようとしているのだが、喜助は涼しい顔だ。
「ぐあああ!!!」今度は左の手を繰り出してきた。無論喜助はそれを軽く受け止めている。

檻の中に入れられてはいないとはいえ、閉ざされた空間の中で管理されているのは確かだ。
何か罪を犯したというなら別だが、何もしてはいないのに奇異というだけで、隔離した者たち。
『蛆虫』などと呼ばれ、蔑まれている。
中には素晴らしい能力を持つ者もいるのに、だ。

彼等は興味のある一点については異常なまでの執着を持つが、後のものについては全くの無頓着だ。その習性をいかせられれば、彼等はもっと働けられる。

”その場さえ与えられれば”の話なのだが。

喜助は自分が変わり者だという自覚がある。
その変った所をうまく誤魔化すことが出来ているだけで、この収容された者たちと自分が大差があるとは思っていない。

いつか・・その場を作りたいっスねえ・・。

「もう〜〜、構って欲しいんスか?ちょっとだけですよ?」
喜助と大男のじゃれ合いが始まった。
いや、じゃれ合いと思っているのは喜助だけだ。
大男も周りも戦闘が始まったと思っている。

尸魂界から『蛆虫』と呼ばれる収容者たち。

『・・・・知ってます?

蛆虫だって、ちゃんと育てば空を飛べるんスよ?育てないから蛆虫のままで終わるんス。

そう。They can fly・・て一応ハエとかけてみました〜〜って、そんな事此処で言っても誰も喜ばないでしょうね〜〜。』



・・・喜助が十二番隊隊長に就任する一年前の事だった。





なんちゃって

 

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