雛と化け猫(夜一と白哉)

・・ある3月3日の日だ。爺さまに、用を言いつけられた。
「白哉よ。この文をすまぬが、儂の名代として四楓院殿に届けてくれぬかの。そして、その返事を貰ってきてくれ。」

思わず自分の眉間に皺が寄るのが解った。

四楓院夜一に会うだと・・?
途端に脳裏には、あの人を食ったような化け猫の忌々しい笑顔が浮かんでくる。
それを脳裏で一閃して、爺さまに向きなおった。

「私が・・ですか?」
「さよう。これには次の四大貴族の会合についての打ち合わせが書いておっての。
急ぎなのじゃが、あいにくと儂はこれから隊に戻らねばならぬ。
儂が出向けぬとなれば、次期当主であるお前が名代として行くのは必定ではないかの?」

そこまで言われてしまえば、私に残されたのは「諾」という返答のみ。
しぶしぶ、身なりを整え、四楓院家に向かうこととなった。
四楓院の門の前で名を名乗れば、間もなく門が開いた。
そこには使用人ではなく、夜一本人が立っていた。

「おお。ご苦労じゃのう、白哉坊よ。使いをするとは、感心感心。誉めてやろう。」
「要らぬ。次期当主が現当主の補佐をするのは当然だ。
これが、爺さまより預かりし文だ。返事を持って帰るようにと言われている。」

すると夜一は、「さて・・と、流石に外で見るものではないの。中に入ろうか、白哉坊よ。」と言い屋敷の中へ入って行った。
私としては化け猫屋敷などに入りたくはないが、四大貴族の書簡を野外で封を来るわけにはいかぬ。致し方ない。
用心しつつ、中に入る。

『・・・・。』
何か違和感があった。特に化け猫屋敷にはこれといっておかしいところは無いように見えるのだが、何かが・・そう何かが足りぬような気がした。

客間に通され、向かい合う。
床の間には桃の花。
『・・そうか、今日は桃の節句か。』
違和感の原因が解った。
ひな人形が何処にもないのだ。この四楓院家には。

通常、貴族において未婚の娘を持つ家には、その家にふさわしい雛飾りがある。
そして、桃の節句の日にはその家の権勢を誇るべく、玄関を入れば其の正面、もしくは客間に置かれている。
元々は、娘の無事な成長を祈り災厄を人形に移して川に流すというのが由来のようだが、今や雛飾りは、未婚の娘がいるという証と、その人形の豪華さでその家の権勢を現すものとなっていた。

四大貴族であれば尚更贅をつくした雛飾りがあるはずだ。
しかも、党首が女。さらに未婚なのだから。

『いや・・こやつの事だ。
女であるということをすでに忘れていたとしてもおかしくはない。』

現に女の身で、白哉の前で大股開いて胡坐をかいているではないか。
恥というものは、この女には存在しないらしい。

「・・ふむ。」
書を読んでいた夜一が、読み終えたのかこちらを向いた。
「仔細承知した。この四楓院も了解したと伝えておいてくれ。頼まれた件については、儂が責任を持って手配するとな。」
「承知。ではその旨伝えおく。」
「おう。銀嶺殿によろしくな。」

相変わらずのあっけらかんとした態度だ。
四大貴族の品格と言うものは、ないのか。この化け猫は。

「なんじゃ?何か言いたそうじゃの。」
「・・いや、とことん女であることを忘れていると確信しただけだ。」
「忘れてなどおらぬわ。ホレ。ちゃんと証拠に立派な乳がついておる。」
「桃の節句に、雛飾りも飾らぬ女がか?」

一瞬何を言われたのか解らぬような顔をした後、けらけらと奴は笑い始めた。
「なんじゃ、そのことか。
忘れてはおらぬが、当主となってからは、一度も飾ったことはないぞ?」
「なるほど。嫁に行く身ではなく、婿を取る身だからか。」
「そう言うわけではないが、この儂には必要無いからじゃ。」
「己の災厄を移し、無事を祈るのではないのか?」
「四楓院家というのは、災厄を移すのではなく抹殺するのが仕事じゃからの。
人形ごときに移しているようでは、四楓院の当主は務まらぬわ。自分で災厄をなんとかするのが儂の努めといってよい。」

・・なるほど。一応、当主の自覚は持っているというわけか。
「さて、せっかくの客人じゃ。
ついでに、旨いものでも食っていけ。」
「要らん。用が終われば戻るのみだ。」
「まあ、そう言うな。銀嶺殿には了解を得ているぞ?」
「なん・・だと?!貴様、何時の間に!!大体桃の節句などお前には関係ないと言ったばかりではないか!」
「ひな人形とは関係ないと言ったまでじゃ。節句と関係ないと言った覚えはないぞ、白哉坊。
桃の節句に訪れた客には膳と酒でもてなすのが、貴族の慣例であろう?」

・・全く、ああ言えばこう言う!!口の減らん、化け猫め!!

「誰か!膳と酒をもて!儂にはいつものをな!」

そして、さっさと膳と酒が運ばれてきた。
「おぬし、呑めるのじゃろ?」
「当たり前だ!」
「よしよし。では好きにやってくれ。儂はこれをやるのでの。」

夜一の前には大きな湯のみがおかれ、中には白い液体がある。
無論私の銚子の中にも、白酒が入っているはずだが。
だが、自棄に夜一のは白い。
「・・それは酒ではないな、夜一。」
「おう。これはミルクじゃ。儂はあまり酒が好きではなくての。」
「四大貴族の当主が下戸か。情けなくて涙がでるな。」
「全く呑めなくはないのだが、役目上呑まないことにしているのじゃ。」
「多少の酒で手元がふらつくか。大したものだな。」
「隠密機動は特殊での。
針の穴に二階から糸を通すような仕事ばかりじゃ。
少しの油断が命取りじゃからのう。」

豪快に膳の物を食らう夜一。
どうやら、こちらが考える以上にどうやら真面目にその役目を果たしているらしい。

『白哉、お前は夜一殿を嫌っているようじゃが、夜一殿は四楓院の当主となるため、想像を絶する苦労をしてきたはずじゃ。
歴代で初めての女当主。実力を内外に認めさせるには、歴代の男の当主と同じ力であってはならぬ。それよりも尚優れていなければならなかったはず。それはお前が、当主足るべく今修行している苦労とはおそらく比べ物にもなるまいて。

じゃが、その苦労を微塵も感じさせぬところに、儂は夜一殿の器の大きさを感じるのじゃ。』

爺さまは、この化け猫を買っておられる。
災厄を流すのではなく、抹殺する・・か。

おごるなよ、四楓院夜一。

瀞霊廷の災厄を抹殺するのは、お前だけではない。
この朽木白哉も、そのために当主足るべく励んでいるのだからな。

化け猫の後ろには、活けられた桃の花。

品格は皆無だが、似合わないわけではない気がした。




なんちゃって。
 

 

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