二つの敗北(ウルキオラ・シファー)

「怖いか?」

俺はこの女に同じことを二度訊いた。

一度目は、藍染様から女が最早用済みだと言われた直後だった。

仲間も居らず、藍染様の庇護すら失った女の状況は絶望的なものだった。
何時殺されてもおかしくはない状況だ。
気丈な女とは言え、この状況では恐怖するのが当然だ。

だが・・・女は俺の見た中で一番落ち着いた眼をしていた。
ただ静かに俺の眼を真っ直ぐに見る女。
『・・何故そんなに落ち着いていられる。』
この状況で何故落ち着いていられる?
特殊とは言え、吹けば飛ぶような能力しか持たぬ人間風情が。

「怖ろしいかと訊いている。」
苛立ちにも似た何かが女に答えを求めていた。
女は静かにこう答えた。
「こわくないよ。」と。
仲間が来たからだと。心はすでに仲間のもとにあるのだと。だからもう怖くないと女は言った。

戯言だ。
心など見えぬものだ。見えぬものは存在せぬもの。
存在しない心など何の意味もない。
だが、女は本気でそう言っていた。

その心とやらが、恐怖を遠ざけているというのか・・。
人間ごときよりも遥かに強力な力を持つ俺たち虚すら、恐怖からのがれる事など出来はしない。
心とは何だ?この女をここまで強くする心とは。

初めて知りたいと思った。在るかないかも解らん心と言うものが何なのかを。
そして思った。この女の心の拠り所というヤツは、黒崎一護だ。
あの男を殺せば・・この女の心とやらは次にどこへ行くのかと。

・・女。お前は勘違いしている。
あの男はお前が思っているほど強くはない。
お前の心の拠り所とやらが、どんなに脆弱なものなのか・・俺が証明してやろう。
今度は容赦はしない。お前の全能力を使っても回復できん程度に、あの男を殺してやる。完全にな。

その時、お前は俺を恐怖の目で見るのだろうか。
最初会った時はお前の眼には確かに俺への恐怖があった。仲間を殺すのではないかという恐怖だ。
不思議と今はそれを感じない。俺は変わらずお前の仲間の敵だというのにだ。
流石に恐怖と憎しみと絶望で俺を拒絶するだろう。それが当然だ。

そう言えば・・十刃以外で俺を恐怖や憎悪の目で見ない者は・・この女くらいか。
だが、それも終わりだ。俺があの男を殺した時点でな。
それでいい。絶望に囚われてこそ、この女も真に我々の同胞となる。

そう考えたとき・・・胸の何所かが何故か痛みにも似たものを覚えた。
不可解だ。あの女と関わるようになってから、俺は時々不可解な感覚がよぎるようになった。
だがきっとそれも終わる。あの男を殺した時点でな。

二段階解放をした俺の虚閃で勝負はついた。
女は予想通り、泣き叫んでいた。
それでいい。そしてこれで終わりだ。

だが・・・あの男は俺の予想をはるかに超えていた。
虚となったあの男に、俺は全く歯が立たなかった。
容赦なく俺に虚閃を浴びせたとき、俺は死を確信していた。
俺はあの男に負けたのだ。存在する意味などない。

だが、即死だけは免れていた。
滅却師もあの女も俺を死んだと思ったようだ。下半身を吹き飛ばされてからな。当然だろう。
そして、あの男にそれ以上の攻撃を止めるよう必死で止めていた。
馬鹿か、お前等は。
その男に意識があると思うのか?なぜ自分の保身を考えない。
大体、俺は敵だ。死体になろうがなるまいが、どんなに斬り刻まれようがお前たちの知ったことではない筈だ。

思った通りに、男の興味は俺から滅却師に移り、今度は滅却師が殺されようとしていた。
女が泣き叫んで男を止めようとしていた。
馬鹿か、女。
そんな事で、その男が止まるとでも思っているのか?今度はお前が攻撃されるとは思わないのか。

・・ちっ。

俺に残された力では、一撃が良いところだ。これで、止まるかどうかは解らんが・・・。
男が虚閃を放つ角の一本を狙った。これで終わらなければ、俺はその場で死ぬだろう。
一か八かの賭けだった。

そして俺はなんとか賭けに勝ったようだ。もっともあの男の勝負には負けたがな。
正気に戻ったあの男は、虚になっていた時の記憶を全く失っていた。
しきりに気にしているようだったが、残念ながら俺はそんな事に構っている時間は無い。

さっきの一撃で・・・力をほぼ使い果たしたからな。

俺に残された時間はもう僅かだ。その前に決着をつける気だったんだが、あの男はやはり俺の理解の範疇を超えていた。
左手足を俺と同じく斬れなどと・・馬鹿もここまでくれば呆れるしかない。
奴が駄々をこねる間に、俺の限界は来てしまった。

俺を斬れ。黒崎一護。
虚だろうがなんだろうが、お前は俺に勝った。
だから、お前は俺を殺す権利がある。

だが、あの男はそれも断った。
「こんな勝ち方があるかよ!!!」と悔しげにだ。
仕切りなおして、また俺と戦いたいとでも言いたげに。

俺を何故憎まない。俺がお前の敵の筈だ。何故その眼に俺に対する憎しみを宿さない。
理解不能だ。お前たちは理解不能だ。

それがお前たちの言う心とやらのなせる業なのか?
お前たちは一体何だ?
知りたいと思った。興味が持てるものなど今までほとんど無かったこの俺がだ。
もう少しお前たちに関われば、それが何か解るような気がした。

心と言うものが・・・一体何なのかを。

ふと女の方へ眼をやれば、あの静かな目で俺を見ていた。
「・・・ようやく、お前たちに・・・少し興味が出てきたところだったんだがな。」

・・・だが、時間切れのようだ。
女は眼を逸らさない。静かにただ俺を見ていた。
俺はお前の大切なものを傷つけた。
お前から多くのものを奪い、いったいどれだけの涙を流させただろう。
あの男に孔を穿った時のお前の悲痛な声は、未だ俺の耳に残っている。

女の方へ手を伸ばした。拒絶されることを予想して。

「・・・俺が怖いか、女。」
我ながら解りきったことを訊く。俺も馬鹿がうつったか?

だがその応えは・・・

「こわくないよ。」

・・・俺を許すというのか。
これだけお前を苦しめ、お前を涙させ、お前の大切なものをを傷つけ、あまつさえ命を奪おうとしたこの俺を・・・。

女は迷わず俺の方にその手を伸ばしてきた。
怖くないというその言葉の証のように。

「そうか。」

・・俺の負けだ女。

俺はお前の心の拠りどころであるあの男に負けた。


そして・・お前にもな、女。


不思議だな・・・。

二度も敗北したというのに・・絶望も恐怖も・・感じないとは・・。

・・だが・・・それも悪くはない・・。


・・・さらばだ・・女。






なんちゃって。


 

 

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