諸刃の剣(混獣神・アヨン)
破面にも”ペット”を飼う者は居る。
だが、基本的にそのペットは、飼い主とは独立した存在だ。
強い飼い主に服従を示し、飼い主の言う事を聞く。
ある程度のわがままは許されても、飼い主に服従することは絶対条件だ。
しかし、中にはそのどれにも属さない”ペット”と言われる存在が居た。
それが、混獣神のアヨンである。
アヨンはハリベルの従属官3体が解放した上、自らの左手を融合させることによって出現する。
まさにキメラである。
しかし、このキメラ、飼い主である従属官たちにも手に負えない存在であった。
まず喋らない。元々喋れるのかどうかすら、飼い主にも解らないらしい。
そして、飼い主の言う事を全く聞かない。
何処を見ているのかすら解らない。
とどめは、何を考えているのかすら解らない(爆笑)。
その行動は肉体の母体であるはずの従属官たちにも、予測不能。
それは既に理解不能の域を超え、気味が悪いの領域に達していた。
しかし、それなのにもかかわらず、このキメラ・・アヨンは従属官たちの奥の手として、重要視されていた。
強いのだ。桁はずれに。
それはもう飼い主すら遥かに超えた領域だ。
スピード、パワー共に桁はずれなのだが、それ以上にアヨンが強いと敵が感じるのは、アヨンの予測不能の行動だ。
敵と対峙しているにもかかわらず、視線が合わない。
よそ見をしているのだ。
「何処を見てるんだ、こいつ」、と思った瞬間、アヨンは敵の目の前まで迫っている。
構える姿勢すら見せずに、トップスピードで移動できる。
そして、驚くべきは関節を無視した動きが出来ることだ。
通常ならばありえぬ角度で首は周り、不可能な方向に腕は上がる。
歴戦の勇者が強いのは、動きの予測があるからこそだ。
予測がつくからこそ、敵の動きを見切り、先に行動できる。
それが強さなのだ。
だが、アヨンにはその読みが通用しない。
誰にも・・・ひょっとしてアヨン自身にすら解らぬ行動は、実際のレベル以上にアヨンを強くさせているのである。
とりあえず見て取れるのは、敵をせん滅するという行動。
そこに意志は感じられない。
まるで小さな子供のように無邪気とも言える仕草だ。
興味のある敵を潰し、敵が戦闘不能になれば一瞬にして興味を失う。
虫を殺して遊ぶ子供のように。
生みの親であるはずの従属官たちは、複雑な眼でアヨンを見る。
自分の肉体の一部で出来ている筈だが、完全に自らの意志とは関係なく動く存在。
そして、一部であるはずなのに、自分よりも絶大な殺戮能力を持つ存在。
自分たちの言葉はアヨンには決して届かない。
もしかして、自分もいつかアヨンに倒されるのではないか。
そして、自分たちが死んだとしても、アヨンは独立した存在として存在し続けることが本当は出来るのではないか。
だとしたら、何時自分たちが殺されてもおかしくは無い。
アヨンにその問いを投げかけても無駄だ。
恐らくアヨンにとって、そんなことはどうでもいいことだろうから。
だからこそ、アヨンはさらに不気味な存在だった。
だが、アヨンを封印することはできない。
何故なら、アヨンは彼女らにとって最大の武器でもあるからだ。
強さを何よりも求められる破面が、最大の武器を捨て去ることなど出来はしない。
敵をせん滅し、アヨンの混獣神を解いた時。
アヨンは元の従属官たちの3本の左腕に戻る。
3体の従属官たちは、皆揃って己の左腕を見る。
そして何事も無かったと、ほっと漸く息をつく。
今回は大丈夫だった。
だが、次回は?
アヨンは自分たちを襲わないのか?
その保証などこにもない。
だが、アヨンは手放せない。絶対にだ。
アヨンがいるからこそ、自分達はどの従属官にも負けぬ自負がある。
アヨンは彼女らにとって、まさに諸刃の剣だ。
何時、自分たちを傷つけるかは分からない。
恐怖は常に存在する。
だがアヨンは手放せない。
どんな代償を払おうとも、強さを求める。
・・・それが破面の宿命だからだ。