汝その場に留まるなかれ(藍染惣右介)

・・浦原喜助という名を意識に留めるようになったのは、大霊書回廊の既読記録だったかな。

大霊書回廊は隊長格のみが入れる回廊、そして席官のみが入れる回廊、そして一般隊士が入れる回廊と別れている。
私は読書が趣味ということにしていたから、よくそこへは出かけていた。
何せ大霊書回廊には尸魂界で書かれたすべての書物が保管されているからね。
”読書家”の僕が出入りするにはこれ以上のところはないだろう?
僕はその頃は副隊長だった。
隊長格のみが入れる回廊も一応は入れるのだが、副隊長の身では入るには平子隊長の許可が必要でね。

わざわざ許可を取り付けるのは面倒だったから、僕はその頃は殆ど席官が入れる場所に行っていた。


僕は、そこであらゆる分野の本を読んでいた。
小説や、政治、思想や宗教、娯楽やそして研究に関わるものまで実に雑多に読んでいたものだ。
それには理由があった。
ある傾向に偏った本を読んでいると、僕が何を考えているか大体絞れるというものだろう?
だから、あらゆる分野の本を読み、その中で本当に読みたい本を読んでいた。

本当に読みたい分野は、魂魄の強度についてだった。
そんな本など読む者など誰も居ない。
ついていないに等しい既読記録を更新するのはほぼ僕一人だった。

もう110年以上も前の事だ。
僕がいつものように大霊書回廊の席官が閲覧可能な回廊に入り、書の一覧を見ていた時、何時もは誰も見ないような分野において既読記録が更新されていた。

それは魂魄の強度についての論文だった。
そして、それに関連した内容の本にも同様に既読記録がついていた。
明らかにこれを読んだ人物は、魂魄強度において興味があるとほぼ断定してもいいだろう。

「藍染副隊長、またいらしてたんですか?本当に本がお好きなんですね。」
書庫を担当する見知った顔の女の子が僕に声をかけてきた。
常連の僕はこの回廊で働く者たちには、知られた存在だった。

「すまないね。もしかして仕事のお邪魔だったかな?」
見ればおそらく棚に入れるつもりなのだろう本を抱えていた。
彼女の視線で彼女の背には高すぎるところに戻さないといけない物だと直ぐに解った。

「その本はどこに戻すのかな?僕でよければ手伝うよ。」
「ええ?!そんな!いいです!私たちの仕事ですから!
藍染副隊長の手をお借りするだなんて・!」
「いいよ。いつも邪魔させてもらってるからね。そのくらいはなんでもない。
これは・・そうだね、ここでいいのかな?」
「あ・・そうです。凄い・・。藍染隊長、よくおわかりになりましたね!」
「これだけ通うと本の分類方法も大体は解るようになるものだよ。それとこれは・・ここだね?」
「はい。すみません、ありがとうございます。」
「礼を言われるほどのことでもないよ。
本当にここには感謝しているからね。」

「そんな・・ここに頻繁にいらしてくれる方なんて藍染副隊長くらいです。」
「そうかい?どうやらここ最近新しく来るようになった席官も居るようだが。」
「最近新しく・・?
ああ、そういえば、おとついそれまであまり来なかった方がいらっしゃいました。」
「・・誰かな?」
「ええと・・二番隊の浦原三席です。」
「二番隊三席というと・・浦原喜助三席だね?」
「ええ。なんだかあまり誰も見ないような本を読まれてましたけど・・。」
「・・成程。」

これで、あの既読記録の主は解った。
二番隊の浦原喜助か。
魂魄強度に目を付けるとは・・面白い男だ。

一度見てみたいものだと思っていたのだが・・割合早く彼の顔を見れることなってね。

十二番隊隊長として、彼が就任することになったんだ。
まだ若い、一見頼りなげな男だった。
いかにも、隊長になったばかりで困っているという風な態度をとっていた。

・・下らない芝居だ。
魂魄強度に興味を持つ男が、隊長になったぐらいで怖気づくはずがないだろう?

魂魄強度についての論文は、尸魂界においてはあまりに極端と考えられたようだった。
それゆえ、斬新なその論文は、四十六室に一笑に付されてそれ以上の研究は何もなされていないらしい。当然かな。実際の魂魄を操作することは禁忌だからね。
隊長格が入る最深部の回廊にも何も関連文献は収められていない。
つまりはほぼ手つかずの状態だ。

それに興味を持った男が、隊長となってどう動くのか・・。僕は楽しみだった。
すると、浦原は隊長就任とともに、科学技術局を立ち上げた。
予想通り、彼は今までの隊長とは違う。

・・面白くなりそうだね。
それは確信にも近かった。

魂魄強度に興味を持った男が科学技術局を立ち上げたんだ。
無論、その研究が秘密裏にせよ、行われるだろうことは想像だに難くない。

僕も同じく研究を進めていた。

結局実証実験を始めたのは僕が先だった。
魂魄消失事件の始まりだ。

・・同様の事件が起きることを僕はある程度期待していたのかもしれない。
なぜなら、彼は技術開発局を抱える身だ。やろうと思えばいくらでもできた筈だからね。
つまらない道徳や感情がそれを妨げたのかどうかは理解できないが、少なくとも“実験”しないことには、成果は得られない。
紙に書いた論文だけでは価値はほとんどないと言っていいだろう。
何をしている、浦原喜助。
君も、つまらない常識に縛られる存在なのか?

・・まあいい。君がそこに留まるというのなら、それでかまわない。
だが、僕はその先を行こう。

・・流魂街の住人から、徐々に隊士へ。
だが満足な結果は得られなかった。
だからこそその上を狙った。
どうせなら隊長格が良い。
最高の魂魄強度を持つはずの隊長格ならば、この実験にも耐えられる可能性がある。
どうせならある程度まとまった数がいい。実験数は多いほどいいからね。
何度もできる事じゃない。
ならば、一度に多くの隊長格を狙う。

そして、実験は成功した。
流石は隊長格だった。
素晴らしい材料だ。予想通りの結果を出してくれた彼らには感謝したいね。

平子隊長を斬捨てて、いったん幕を下ろすつもりだったのだが、お客様が現れた。
謹慎を命じられているはずの浦原喜助だ。
ご丁寧に、大鬼道長もご一緒とはね。

要は速攻で切り捨てる事を提言してきたが、彼は短絡的な考え方をする傾向にあるのが少しよくないかな。
無理をしてきていただいたお客様を、そんなに無下にするものではないよ、要。
折角登場していただいたのだから、彼らにも何か役割を果たしてもらおうじゃないか。

浦原喜助は見抜いていた。

平子隊長たちに起こった事が『虚化』であると見抜いていた。
・・・一目見ただけでね。

・・いい読みだ。
そう、これは虚化だ。
そして、これを一目見ただけで解るということは、浦原喜助も虚化の研究を進めてきたという証拠に他ならない。
更なる高みを君も目指しているということか。

「・・やはり君は、思った通りの男だ。」

・・愉しくなったよ。
同じことを考えるのが僕だけではないということにね。
「今夜此処へ来てくれてよかったよ。」
本当に有意義な一日だ。

僕は刀を鞘におさめた。
ここで斬るには彼は惜しい存在だ。

折角来てもらった君に、感謝の代わりに役を与えよう。浦原喜助。

この役は君にしかできない重要な役だ。

『魂魄消失事件及び、隊長格の虚化実験をした恐るべき首謀者』

・・どうかな?気に入っていただけるといいんだが。
君は尸魂界から追われる者となるだろうね。

・もうそこには居られないよ、浦原喜助。

助かりたくば、その場に留まらない事だ。


それしか、君に道は無い。





なんちゃって。

 

 

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