採用試験(小児科医、日番谷冬獅郎)

・・全ての診療科目においてトップクラスの設備、そして国が誇るマンパワーを凝縮した至高の病院。

医療関係者においては、超高級ブランドととも言える憧れの職場。
それが・・基幹病院BLEACHである。

その病院を不機嫌そうに見上げる少年がいた。
年のころは10代の半ば程か。
銀色の髪に、碧の眼。見るからに賢そうで・・同時に意思が強そうな眼をしていた。

「・・・やっとここまで来たか。
ったく・・手間取らせやがって。
結局アメリカまで行くことになっちまったが、それが最短の道だって言うんなら仕方ねえ。」

呟きは病院の白い壁に吸い込まれていった。



・・大会議室に、基幹病院BLEACHの重鎮が一堂に会していた。

「で?多忙な我々の意見を聞きたいほど、重要な案件とは何なんだ?藍染副院長。」
冷たい声が、口火を切った。
声の主は、外科部長の石田竜弦。
メガネを通してもその凍りつくような眼差しは和らぐことなど一切ない。

その冷たい眼差しをそよ風ほども感じずに、受け流しているのが、副委員長の藍染だ。
「小児科に一名迎えたい医者が居るんだが、一応先生方にもご了承いただいてから、と思ってね。」
「そんなもの、そちらの方で勝手に採用でも何でもすればいいだろう。
今までだってそうしてきたはずだ。
今更我々の了承など荒唐無稽と思うが?」

「それが少し特殊な子でね。」
「・・“子”?」

藍染の言葉尻を敏感に察知した竜弦は一気に不機嫌そうに眉を寄せた。
「そう。まだ未成年なんだ。名は日番谷冬獅郎君と言う。」

一気に会議室がざわついた。
日本において未成年が医者になれることなどありえない。
どんなに急いだとしても、18歳で医大に入学し、6年間の学生生活を経て、その後さらに最低でも2年間は臨床研修をうけねばならない。
つまりはどんなに急いで医者になったとしても26歳以上だ。
未成年の医者など、ありえないのである。

「・・ほう。未成年の医者か。
どうやら副院長はずいぶんお疲れのようだ。
神経内科医の受診をお勧めしておこう。」
「その必要は残念ながら無いよ。
日番谷君はちゃんとした医師免許を持った医師だよ。石田先生。
もっとも・・外国で取得したものだがね。

これが、彼の経歴だ。」

スクリーンに現れたのは、驚異の飛び級の経緯だった。

『日番谷冬獅郎。
4歳で、アメリカに渡米。飛び級により米某飛び級小学校に入学。
7歳で、大学入試全国統一テストで1600点中1550点を記録。
8歳で、私立大学生物科入学
12歳で飛び級及び同大学主席にて卒業、名門大学のメディカルスクール入学。
18歳で、M.D. , Ph.D.取得。臨床数は1000。

日本へ帰国。医師国家資格認定試験において合格。及び、翌年2月に行われた医師家資格試験に主席合格。IQは200を超えると思われる。』

その経緯にピュ〜〜と誰かが口笛を吹いた。
「こりゃ〜〜すごいっスね〜〜!
よくマスコミに今まで目をつけられなかったもんだ。いやあ〜、ビックリっス〜。」
浦原喜助だ。

「・・にわかには信じられん経歴だな。」
流石の竜玄も瞠目だ。
「だが、事実だ。
これだけの経歴の持ち主だ。
他の病院に持って行かれるのは惜しいと思ってね。
幸い、彼は小児科を希望している。
小児科には優秀な医師がいるが、残念ながらスター性のある医師はいない。

その役割を彼に担ってもらってはどうかと思うんだが・・。どうかな?」

「確かに相当優秀な人物のようだが・・未成年だろう。
未成年が小児科を担当するというのは、患者側にとって反対があってもおかしくないと思うが。第一我々よりも、補佐をする看護師たちの方が不安が残るのではないのか?」
「なるほど。・・どうかな。松本看護師長?」
「そうですねえ〜。別に若いのは構いませんけどv
要は腕が立つかどうかですからね。あたしたち看護師の信頼なんて、それで決まりますし。
実際一緒に働いてみないことには、何とも言えないと思います。
まあ、年が若くてもオッサンみたいな子もいますしねv」

それを聞いて、フッと藍染が笑った。
「・・成程。だが、残念ながら彼の場合、外見で誤魔化すということもできなくてね。
これが彼の写真だ。」

スクリーンに一枚の写真が現わされた。
そこに現れたのは、ひとりの少年の姿だ。
銀色の髪。小さな頭。いかにも気の強そうな碧のまなざしに年齢不相応に眉間に寄せられた皺。

『・・確かに賢そうではあるが・・・・

まるきりガキじゃないか・・・。』

無理だ。19歳どころか15歳にも見えるかどうか。
こんなので、患者の前に「医師です」と出せるわけがない。

思わず溜息と共に軽く頭を押さえる竜弦の珍しい姿が見られたという。

「か・・・かっわいい〜〜!!!
いいじゃないですか!!藍染副院長!!
あたし、いいと思いますよ!!」

「松本看護師長。口を慎みたまえ。
病院は患者の生命を預かるところだ。可愛いなどという条件で医師を採用するところではない。
藍染副院長。悪いことは言わん。
万一うちに来たとしても、こいつが何かやらかしてみろ。話題性がある分、どの方面からも袋叩きにあうのは必至だぞ。
その時はどうするんだ。「医師が未成年だから」で逃げるつもりか?
・・馬鹿らしい。この話は断れ。第一、大病院はうちだけじゃない。話題性がほしい病院なんてほかに腐るほどあるはずだ。
そっちに押し付けろ。第一、山本院長はどうした。あの人が賛成するとは思えんが。
ドイツへ出張中に俺たちだけで進めていい話じゃないだろう。」

もっともな話だ。その場に居る誰もが納得するような説得力があった。
一瞬場が静まり返った。さしもの藍染も引き下がるのか?皆が思ったその時藍染が口を開いた。
「・・と言う訳でなかなか納得は得られないようだよ、日番谷先生。」
一同がぎょっとした。
すると隣接した部屋の扉が開き、中から小柄な少年が現れたのである。そしてその少年の顔はまさしくスクリーンに映し出された顔であった。

会議室が水を打ったように静まり返った。
 

静まり返った会議室。
病院の重鎮を目の前にしても、冬獅郎は表情一つ変えなかった。

「・・みたいだな。まあ、予想はしていたが。」
年上の藍染に対しても、尊敬語どころか丁寧語すら使わない。雇ってもらう側なのに、なんたる可愛げのない態度なのか。
こんなガキと同じ病院で働けるか。

不穏な空気が漂い始めたが、冬獅郎は全く解したところはないようだった。
「山本院長からはすでに了承を得ている。」当然のように冬獅郎が言った。
「あり得んな。」
竜弦の絶対零度を思わせるような視線が冬獅郎に向けられるが、冬獅郎は真っ向勝負でそれを受けた。
「嘘を言っても仕方ねえだろうが。
一応言っとくが、さんざん向こうでは引き留められたんだぜ?それでも性懲りもなくアメリカの方から日本の厚生労働省に俺を帰してくれないかという話があったらしいがな。事実俺にも話はあった。まあ断ったが。
で、省庁の方から山本院長に内密に打診をしたようなんだが、どうやら『返せと言われれば、返したくなくなるのが必定と言うもの。むざむざと米国に帰すわけにはいきませぬ。うちで預かりましょう。』とか言ったらしい。
だから、山本院長の許可は取ってある。

それから俺は此処で働くためにこっちに帰ってきてる。他で働く気はない。」

盛大に火花が散った。少なくとも多くの者にはそれが見えた。

「・・ではこうしませんか?
日番谷先生の腕を見せてもらいましょう。それでこちらが判断すればいい。
我々は優秀な人材が欲しいはずです。
彼がその要件を満たすならそれでよし、満たさないのであればアメリカへ戻って頂く。
どうですか?日番谷先生。」

「望むところだ。それが一番手っ取り早いしな。」
「いいだろう。百聞は一見に如かずとも言うしな。」
話は決まった。後は、どのような”試験”をするかだ。

「で?どんな手術をさせる気だ?サルでも出来るような手術なら許さんぞ。」
そこへ藍染の座る机に置かれていた電話の内線ボタンが点滅した。
「・・今大事な会議中なんだが、緊急かな?・・ああ・・なるほど。それは大変だね。
・・解った。」

電話を切った藍染が、皆に告げた。
「二日前、ここで出産した未熟児が呼吸困難に陥った。大動脈縮窄と複合の可能性が高い。
本来ならば小児外科か心臓外科の担当だが、残念ながら小児の雛森君ではできないだろうね。
さて・・どうかな。この患者を彼にオペさせてみては。」
「大動脈弓部形成術をこのガキにやらせる気か?」
「そうだよ、石田部長。ちなみにあなたに助手をお願いしたい。」
「俺がこのガキの助手だと?」
「試験監督官の役割ですよ。傍で見ている方がよく解ると思いますが。万一何かあったとしても、あなたが傍にいればこちらとしても安心ですからね。心臓外科ではあなたの右に出る人はいないのですから。」
「・・フン。それで褒めたつもりか?」
「日番谷先生も、それでいいかな?」
「かまわねえ。準備に取り掛かるぜ?」

そして、ぶっつけ本番の手術試験が始まった。
患者の母親は、冬獅郎を見て不安げだったが、石田が助手につくということで納得した。
子供を助けてほしい。それだけだ。

試験監督である竜玄は大動脈弓部形成術を何例もこなしている。冬獅郎がもたついた段階で手術を代わるつもりだった。

術衣に着替え、カルテとレントゲンの映像を目にした瞬間、冬獅郎が一変した。
表情はそう変わってないように見える。だが、小さな体から何かオーラのようなものがたちのぼっているようだった。
小児・・とりわけ新生児の心臓手術は難しい。
大人と違って体力はなく、少しの出血でも命にかかわる。薬の投与の量を間違えば、それこそ致命的だ。

「・・大動脈縮窄と複合か・・。
カテーテルと大動脈弓部形成が必要だな。」
大手術だ。はじめての病院でしかもいきなりやるものではない。
だが冬獅郎は、実に淡々としていた。気負っている風もない。

『・・・度胸だけは一人前だな、ガキ。』竜弦はそう思った。

「じゃ、始めるぞ。」
何時にないスタッフの緊張感の中で手術が始まった。
スッ・・冬獅郎の手が滑らかに閃いた、

最初のメスの使い方で、竜玄はその医者の技術レベルが大体わかる。
『・・このガキ・・相当場数踏んでやがる。』
これほど綺麗に切れる医者はあまり居ない。
綺麗に切るということは、出血を抑える意味でも非常に重要だ。新生児ならなおさらである。
大手術にも関わらず出血が少ない。
あっという間に、冬獅郎は最初の難関である限局性狭窄部にカテーテル治療を行った。

だが、のんびりしている暇などない。直ぐに不完全な大動脈弓部を形成してやらなければならないのだ。
一刻を争う。手術中は心臓を止めるのだ。早く終わらせなけばならない。
だが、あくまで冬獅郎は淡々としていた。
必要な看護師への指示。バイタル確認も、あまりに淡々としているため、まるで大手術ではないような感覚だ。だがそこには確かな緊張感がある。

時間がたつにつれ、竜玄は冬獅郎がスタッフの信頼を勝ち取っていくのを感じていた。
これほどの手術にも関わらず、異様なまでに出血が少ないと竜弦にさえ思わせるほどの技術。
手術の過程も妙な癖もなく、助手としても補佐しやすい。

『・・どうやらうちの医者の平均年齢が一気に下がりそうだな。』

竜弦は確信した。
一つはこの手術が成功すること。
そしてもう一つは・・・・。


「・で?俺は、合格したと思っていいんだろうな。」
大手術のあとだというのに、全く疲れを見せない生意気な目をした冬獅郎が竜弦に聞いた。
「・・・・・。
・・・お前、外科に来るつもりはないのか?」
「小児でも手術はあるだろう。
だが、俺は小児外科に特化するつもりは無え。小児科で全般を診る。」
「うちにとっては特化してもらった方が点数が上がって経営的には喜ばれるぞ。」
「少なくとも小児科が足を引っ張る事は無え。少なくとも俺がいる限りな。」

やっぱり生意気な奴だ。俺とは合わんと竜弦が思ったところに、藍染が入ってきた。
「見事なオペだったよ、日番谷先生。
これで、ここのスタッフも納得した筈だ。
そうでしょう?石田部長?」

「・・フン、一応は認めてやる。」
「他の先生方も同じ意見でしたよ。
ようこそ、この病院へ。
少し遅くなってしまったが、君を歓迎するよ。もちろんここの皆がね。」

「ああ。よろしく。」


日番谷冬獅郎が、基幹病院の医師となった瞬間である。


冬獅郎は、診療室となる予定の部屋にいた。

・・長かった。
いくら、天才といえども、医者の技術は経験がものをいう世界だ。
学問だけなら、とっくの昔に医者になれただろうが、実績を積み重ねるのは才能だけではダメだ。どうしても時間が必要だった。
飛び級に寛容なアメリカでさえ、冬獅郎の飛び級ぶりは前代未聞だった。
周りを納得させるために、あらゆる科へ研修に行き、そして休日などまったくない状態で経験を重ねてきた。
どんな医療科目でも、診られないものが無いように。
あらゆる「若すぎる」という声を潰すためには、それをはるかに超える実力をつけなければならないから。

なるべく早く日本で医師となるために。
そして、ようやくそれがかなった。だがあくまでこれは、新たな始まりだ。
これからも冬獅郎の若さは、反発を食らう元となるだろう。
それだけに、ここでさらなる実績を重ねること。

無論、その自信はある。だから此処に居る。

少しばかり感慨にふけっていた時、廊下をバタバタと音を立ててこちらへ向かってくるのが聞こえた。
やがて、やや乱暴にドアが開けられたと思いきや、飛び込んできたのは、若い女性だった。白衣を着ていることから、おそらく彼女も医師だろう。
「・・やっぱり・・シロちゃん・・!!?」
驚きに目をまん丸にさせているのは、冬獅郎の幼馴染だ。
もう何年も会ってないのだが、あまり変わっているように見えないのは気のせいだろうか。

「医者が廊下を走ってどうする、雛森。患者が不安になるだろうが。」
「だって!!だってシロちゃんがお医者さんになってるんだもの・!!」
「医者になって悪いか?」
「だって、まだ医者になれる年じゃないもん!!シロちゃん何やったの?!」
「別に妙なことは何もしてねえよ。ちゃんとした医師免許は持ってる。ていうか、そうじゃねえとここの医者にはなれねえだろうが。」
「そうだけど・・そうだけど・・!信じられない・・!あのシロちゃんが・・!」
「そのシロちゃんてのは止めろ。仮にも同じ医者だぞ。しかも小児科の同僚だ。」
「ええ?!シロちゃんも小児科なの?!」
「ちなみに俺の方が上だ。症例数がお前とはケタが違うからな。」
「ちょ・・っ!!うそ・・でしょーー?
けど、よく上の人たちが良いって言ったね・・。」

「実技試験で納得させた。」
「聞いた。大動脈の形成でしょ?スゴかったって。ああ〜〜!あたしも見たかったな〜〜。なんでこう言うときに救急患者があるのよ〜。」
「ウダウダ言うな。今からいくらでも見れるだろうが。」
「そっか。そうだよね。」

「ともかく、これからは同僚だ。ちゃんと”日番谷先生”って呼べよ。」
「はいはい。・・あ、そうだ。」

雛森が何やら気づいたようだ。
「どうした?」
「まだ、言ってなかったよね?

ようこそ、BLEACH病院へ!!
採用試験合格おめでとう!!そしてこれからよろしく!!」

右手が冬獅郎の方へ差し出された。
雛森の屈託ない笑顔は昔のままだ。
殺人的に忙しいだろう小児科でものびのびやっているのだろう。

「よろしくな。」言いつつ、冬獅郎も右手を出した。
「だが、合格おめでとうは余計だ。」
「あら、どうして?」
「合格して当然だからな。俺を誰だと思っている。」
「・・・誰ってシロちゃんだけど。」

『こいつ、全然わかってねえな。』
そう思いつつ、冬獅郎は握った手に少々の力を込めていた。

『ようやく、こいつを助けてやれる。』
それは冬獅郎にとって、今までの苦労が少しばかり報われた時でもあった。



なんちゃって。
 

 

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