時の階(朽木白哉)

・・・100年以上も昔のことだ。
1月31日の朽木家では盛大な催しが開かれていた。

四大貴族の一角、朽木家の次期当主、朽木白哉の誕生会である。

実はこの催しは、朽木家が主体となって始まったわけではない。
次期当主に誕生の祝いを是非とも申し上げたい、という数多くの貴族の強い希望に、朽木家が半ば押し切られる結果で始まったものだ。

尤も、誕生日を祝うなどというのはただの口実。次期当主の御曹司になんとか繋ぎを取ろうとする、貴族たちの思惑があったためである。いわんや、白哉の結婚相手になる範囲の息女を持つ貴族たちにとっては、この日は絶好の“見合い”の場だ。娘をこれでもかと着飾らせて、白哉に霊圧ならぬ秋波を放っていた。

その熱気に満ちた秋波をことごとく無視する白哉。
祝いの言葉も、まるで判を押したかのように、「●●家の心遣いに礼を言う。」と全く心の入らぬ返答で返していた。いかにも「爺さまが“出ろ”とおっしゃったから出ているのだ。」と言うばかりの態度である。

会話の全く弾まぬ白哉に、それでもなんとか娘を無理やり紹介することに成功したとしても、一瞥をしただけでいかにも不機嫌そうに無視を決め込む白哉に、次々と貴族たちの野望は潰えていくのであった。

『・・下らぬ。』
白哉はちゃんとこの場がどういう場であるのか理解していた。
自分の誕生日を祝うなど名ばかりだ。それよりも、なんとか自分の娘を押しつけようとする貴族たちの薄汚い本心が見え見えの場で、わざわざそれに乗ってやるほど白哉は甘くはない。
いずれ自分がどこぞの姫を迎えねばならないことは解っている。
自分は朽木家の次期当主だ。
子孫を残すことも当主の責務であることくらい、いやというほど解っていた。

・・が、しかし。

今はそれよりも、死神としての能力を一人前のものとすることの方が、白哉にとっては余程重要なことであった。
それもただの一人前ではない。朽木家の次期当主として恥ずかしくない能力を携えた一人前だ。

つまりは、隊長格。それと同様の能力を身につけること。
でなければ、正式な死神となるつもりはない。朽木家は貴族の頂点に立たなければならない存在だ。当然、死神としてもそうでなければならぬ。
隊長格・・。身近な護廷十三隊の隊長の姿が脳裏に浮かぶ。
一人は、六番隊隊長を務める白哉の祖父、銀嶺。
そしてももう一人は、化け猫のくせに二番隊隊長である四楓院夜一。

まだ白哉は一度も夜一から一本を取ったことがない。
瞬歩で時折競うのだが、まだその実力の差はある。・・・認めたくなどないのだが。
夜一が瞬神などと呼ばれていようがなんだろうが、そんなものは白哉が夜一に届かぬ理由になどにはなりはしない。少なくとも白哉がそう思っていた。

白哉は当然ながら負けず嫌いだ。いや、負けることなどあってはならないのだ。
必ず夜一に一泡吹かせてみせる。そして、朽木白哉がその名に恥じぬ死神であることを世に知らしめる。

そのために日夜鍛錬に明け暮れる白哉にとって、女の方へ向ける目は皆目なかったのである。
時間を追うごとに白哉はますます不機嫌になっていった。
彼にとっては、このような祝いの席など時間の無駄だ。少なくとも今の若輩の段階で、婚姻相手を決める気などない。つまりはこの時間自体が無駄なのだ。そんな時間があるのなら、鍛錬に回した方が余程有用というもの。
そうしている間にも、時間は過ぎる。爺さまが上手く貴族どもを捌いていただいてはいるものの、貴重な時間が無駄になっていくことには変わりはない。
「じじ・・」
白哉が祖父の銀嶺に、そろそろこの席を終わりにしてはどうかと言おうとした時だ。

「何じゃその顔は。せっかくの誕生日というに不機嫌そうじゃのう、白哉坊よ。」
その声を聞いて、思いきり白哉の顔が歪んだ。
「・・ここへ何をしに来た。四楓院夜一。」
そう、四楓院夜一だった。
「何をしに来たとは、ご挨拶じゃのう。おぬしの誕生日を祝いに来たに決まっておろう。」
「いらぬ、帰れ。化け猫に祝ってもらう気などない。」
「・・白哉。夜一殿は忙しい中、わざわざ来ていただいたのだ。その態度は礼を失するものだぞ。」
「・・爺様。」
流石の白哉も祖父の言う事は絶対だ。直ぐに減らず口を閉じてしまった。

「よいよい。さて、白哉坊よ。儂からの祝いがあるのじゃがのう。」
「要らぬ。」
「そうか。まあ、祝いというてもおぬしの実力では獲れぬかもしれぬゆえ、それでもよいかのう。」
「・・・私の実力で獲れぬだと?」

とたんに、白哉の負けず嫌いに火がついた。
「そうじゃ、未だに儂から瞬歩で一本取ったこともないおぬしには、ちと無理じゃろうのう〜。」
「・・なんだと・・?!何を言うか!!四楓院夜一!!」
「一本どころかおぬし、儂の背中に触れることすら出来ぬではないか。」
「そんなことはない!!貴様の思い違いだ!!」
「ほう、そうじゃったかのう。まあよい。で、今日はおぬしの誕生日じゃ。特別におぬしにハンデをやろうと思っての。」
「そんなものいらぬわ!!」
「まあまあ。もし取れたら、おぬしの言うことを一つだけ聞いてやろう。どうじゃ?」
「・・二度と私の前に姿を見せるな、ということでもか!」
「無論じゃ。」
「その話・・受けてやる・・!」

めらめらと白哉の闘志に火がついた。この勝負絶対勝ってみせる。
さて、夜一が提示した条件はいつものごとく鬼事だった。
白哉が夜一をとらえれれば勝ち。
だが、今までそれで白哉が勝ったことはない。
「そこでじゃ。儂は今日の鬼事ではこれをつける。」
夜一が白哉に見せたのは黒く細長いものだった。
「何だそれは。」
「見て解らんのか。しっぽじゃ。」
「化け猫らしく尻尾をつけるというわけか。笑わせる。」
「おぬしの折角の誕生日じゃ、笑いの一つも必要じゃろ?」

・・ああ言えばこう言う。
全く憎たらしい化け猫だ。

かくして、誕生日会を全く無視した壮絶な鬼事が始まった。
それを見て、祖父銀嶺が、参加者を帰す。
「ああなっては、白哉は宴席も何もなくなってしまう。
誠に失礼じゃが、そろそろお開きにしよう。
瞬神との鬼事じゃ、貴殿たちに何かあっては申し訳ないでの。」

参加者たちは、一瞬不満の色を見せるも、あまりに激しい瞬歩合戦に巻き込まれては大変と、早々に帰って行った。

そして・・・二刻が経ったころ。

瞬歩を続けられなくなった白哉が庭の隅で膝をつく。
そして、尻尾を付けたままの夜一がその前に降り立った。
「・・勝負あったな、白哉。そして夜一殿。」
見届けるのは祖父だ。
尻尾のハンデがあったとしても白哉に勝ち目はない。祖父は始めから解っていた。

「・・まって・・ください・・。まだ・・。」
息が乱れる白哉。そして全く息すら乱さぬ夜一がこういった。
「大したものじゃ。一度は本気で獲られるかと思うたぞ?
成長したのう。白哉坊。」
「だ・・まれ・・!」

褒められようが、獲れなかったのは事実。慰めなど白哉には何の意味もない。
その様子に、一つ溜息をついて、夜一が尻尾を根元からプツンと取り外し、白哉の方に差し出した。
「ほれ。誕生日の祝いの品じゃ。」
「化け・・猫の尻尾など・・誰がいるか!!」

すると夜一は、黒い尻尾の布を解き、中から巻かれた書を取り出した。
「我が四楓院家に伝わる歩法の一つじゃ。
これでも簡単なものなのじゃが、ただの瞬歩とはわけが違うぞ?何せ隠密機動のモノじゃからの。
・・どうじゃ?これでもいらぬかの?」

「・・・!」
白哉の顔色が変わった。
四楓院家に伝わる歩法。
それはまさしくどんな宝にも勝るものだ。
そして優れた死神を目指す者にとっては、その価値は計り知れない。

「隊長格と匹敵する瞬歩が使えなくては、何にもならん代物じゃ。
それで、今日は扱えるかどうかのちょっとした試験をしたわけなのじゃが・・。見事合格じゃ、白哉坊。成長したのう。」
「・・当たり前だ!私は日々鍛錬により成長している!」
「やれやれ、かわいくないのう。やはりこれは、おぬしにやるのはやめておこうかのう〜。」

はしっ!!
夜一の手から、書が消えた。白哉が奪ったのだ。
「よしよし、それでよい。では、儂もそろそろ帰るとするか。」
「門まで送るとしよう、夜一殿。」
銀嶺が送る。すると四楓院夜一の背中に声が飛んだ。


「四楓院夜一!!」
「なんじゃ?」首だけこちらへ向けて夜一が訊く。
「・・・・。・・・・・礼を言う・・。」
白哉の幾分小さな声が続いた。

「よいよい。おぬしも、誕生日めでたいのう。
今年も一年せいぜい精進するのじゃぞ?
次に、遊んでやるときはその書に書かれた歩法、ちゃんと使えるようになるかどうか見てやるゆえの。まあ、それでもこの儂には勝てぬじゃろうがの?」

その言葉に、またもや白哉の怒りを呼んだ。
「今度こそ、貴様の尻尾どころか首根っこを押さえてくれる!覚悟しておけ!!」

ひらひらと手を振って夜一は銀嶺とともに去っていた。

『儂ら四大貴族は、貴族の頂点じゃ。
じゃが、その家に生れしものであっても始めから頂点にあるわけではない。
鍛錬して、自らを鍛え上げて、名に恥じぬ者になっていくのじゃ。

白哉坊よ。すぐれた死神になりたいか?
おぬしはまだ階(きざはし)の下の方に居る。
それでも、余人には高みに見えるやもしれぬが、おぬしはそんなことでは満足すまい。

一歩一歩上がってくるのじゃ。
おぬしが上がらねばらなぬ階はまだいくつもあるのじゃぞ。

死神としての階。そして男としての階も然り。

時の階と共に上がってこい。

待っているぞ、白哉坊よ。』

「夜一殿。今日は貴重なものを白哉に。・・かたじけない。」
丁寧に自分に礼をする銀嶺に少しばかり照れた様子を夜一は見せた。
「よいのじゃ。銀嶺殿。
ここだけの話じゃが、どうも白哉坊のことを弟のように思っておっての。つい構ってしまって、こちらの方こそすまんのう。」

すると白哉の祖父はふっと笑ってこう言った。
「夜一殿がいるからこそ、あれもお主に近付こうと励むのじゃ。どうか・・これからも構ってやってくれ。」


そして、祖父は孫の為にその頭をもう一度夜一に下げた。





なんちゃって。
 

 

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