実験体(マユリと雨竜)

・・・ザエルアポロに破壊された臓器がものすごい速度で修復されていくのが解る。
当然、見えるものではないのだが、解る。
雨竜は隣で同様に治療を受ける阿散井恋次の方を見やった。

視線に気がついたのか、こちらへ「何だよ、石田。」と声をかけてきた。
その声が、臓器を破壊されていた声ではなく、通常に近いものになっている。
「いや・・なんでもない。」
返す自分の声も同様だ。声を出すだけで激しい痛みがあった筈なのだが、今はそうでもない。

体中に巻かれた細長い黒い布がどのような理屈で臓器を治す仕組みになっているのかは解らないが、これだけは言える。
『・・・認めたくはないが、凄い技術だ・。』

しかも死神の阿散井も、人間の自分も同様の速度で治療してしまっているのだ。
この男の事だ、切り刻むことはあっても、人間を治療することなど今まであった筈がない。
理解することなど到底不可能だし、到底受け入れられない思考回路の男だが、その持てる技術は認めざるを得ない。

そして雨竜は一つの疑問を抱いた。

『・・そういえば・・この男は何故人間である僕も治す気になったんだろう。
阿散井は死神だから当然かもしれないが、この僕は滅却師だ。本来こいつには関係ないはず。
確かに治療してくれるのは正直ありがたいけど、この男の事だ。唯の気まぐれでこんな事をしてるわけがない。
どうせ、よからぬ事を考えているんだろう。』

「おい、涅。」
「なんだネ?」
「僕からもう監視用の菌は取り除いたんだろうな。」
「ああ、それかネ?そんな事がどうかしたのかネ?」
「何が”そんな事”だ!重要な事だぞ!勝手に僕に断りもなくそんな事をしていいと思っているのか?!
重要な人権侵害だぞ?!取り除け!」
雨竜にとってはこう言う事を平気でやってのける精神が解らないのである。

「やれやれ・・これだから、希少種なだけが取り柄の下等種は・・。
いいかネ?今君がこうやって生き延び、あまつさえこの私自らの治療を受けられているのは、その菌のおかげだとは思わないのかネ?」

「それくらいは当然のことだろう!!
お前だって僕から得た情報があったからこそ、ザエルアポロに勝てた筈だ!」
「別に君の情報が無くてもあの十刃には勝てたヨ。
ただ、私は君からの情報を有用に使っただけに過ぎない。
より優位に戦闘を進めようとするのは、常道だからネ。
それよりも、君は私に感謝したらどうなのかネ?
あの十刃に無様にも能力を抑えられ、その上内臓をやられた事が、この私によってようやく意味のあるものになったのだからネ。
そうでなければ、君・・今頃ただの犬死だヨ?」

「そんなものはただの詭弁だ!誰がお前に感謝などするものか!」
「おい、石田。もうその辺にしておけ。涅隊長のおかげで俺たちはまた戦えるんだ。
今はきちんと治してもらって、早く一護たちのところへ行くのが先決だろ?」
「・・・く・・!」

恋次に言われて納得できないながらも口をつぐむ雨竜。
そんな雨竜を、呆れたようにマユリが見ていた、
「やれやれ・・全く五月蠅い下等種だヨ。
さて、そろそろ治療は終わりだ。
もう立てるはずだが?」

言われて、二人は恐る恐る立ち上がる。
腱を何本も切られた恋次は思わず「スゲエ・・。」と感嘆の言葉を漏らす。

「石田、大丈夫か?!」
「そっちの方こそ。」
「よし、第5の宮に急ぐぞ。たぶん、一護やルキア、茶渡もそっちに向かってる筈だ。」
「君に言われるまでもないよ!」

支度を急ぐ二人。
「ああ、そうだ。そこの下等種。」
後ろから声をかけられ、思わず動きが止まる。当然雨竜だ。
「・・もしかして、それは僕のことを言っている訳じゃないだろうな。」
「君以外に誰が居るのかネ。
もう少し具体的に分かりやすく言ってあげなければならないかネ?」
「何だ!涅マユリ!!」
「君にこれをあげよう。タダで。」

ぽいぽいと何かを放り投げられて、取る。
「何だ、これは。」
「小細工の道具だヨ。少しは役に立つはずだ。」
「何で俺にはくれないんスか?涅隊長。」

どうやら恋次は不満らしい。
「君の戦い方を見てる限り、そんな小細工が出来るとは思えないからネ。
渡しても使えないのなら意味はないヨ。」
そう言われて、確かに真っ向勝負を基本とする恋次は頭をかいて納得した。

「その点、そっちの滅却師は下等種らしく、小細工をする戦いに慣れている。ただそれだけの事だヨ。」
「頭を使った戦い方と言ってほしいね。」
「一応破面用に作ったものだ。効果は君の菌を通して見せてもらうことにしようかネ。」
「何だそれは!!
単に阿散井に渡さないのは、菌が付いていないからなんじゃないのか?!
ってなんだ、その顔は!!僕を馬鹿にしてるのか?!」

どうやらマユリ、話をはぐらかすことに、面白顔を使うことを覚えたらしい。(笑)

「・・さて、残りの十刃は君たちに任せて、私はこちらの十刃が残した実験材料を調べさせてもらうとしようかネ。折角のサンプルだ。
戦うことだけなら誰でもできるが、こちらは私にしか出来ないからネ。」

「じゃ、涅隊長、俺たちは行きます。
治してくれてありがとうございました!」
「フム。君の取柄は素直な事だネ。まァ、頑張るといいヨ。」

「じゃ、一応これは僕が貰っておく。」
マユリがまさか自分の戦いに役立つものを渡すとは思わなかった。
しかもタダで。

いや・・タダより怖いものはない。
この男ならなおさらだ。

「・・まさか、また僕に他の菌を入れたりしてないだろうな。」

するとマユリの顔が瞬く間に、面白顔に変化した。

「って、何だその顔はーーー!!!
取れ!!今すぐ取れ!!」
「石田!今そんな事やってるヒマねえだろうが!」
「阿散井副隊長の言う通りだヨ、滅却師。
今君がしなければならないことは、一刻も早く第5の宮へ行き、井上織姫の救出をすることなんじゃないのかネ?」

「くそ・・!」
「行くぞ!!石田!!」

駆け出した二人がだいぶ小さくなった段階で、マユリはちらりとそちらを見た。
渡したものがどういう風に使われ、どのような効果を上げるのか。

恐らく今虚圏に居る者で、あの滅却師以上に有用に使うものは居ないだろう。当然自分を除いて、だが。
作ったものがどのような効果を上げるか、検証するのは開発者としては当然のことだ。
無論効果を上げられる者に与えなければならない。

マユリが欲しいのは、データだ。
それも、死神以外のデータは貴重なものとなる。
あの滅却師の戦いもその一つ。

これからも実験体となってもらわなければならない。
何せ、希少種なのだ。あるものは有効に使わなければなるまい。

「・・なるべくなら十刃と戦ってほしいものなのだがネ。」
十刃も貴重な研究材料だ。
データはあればあるほどいい。

貰ったデータで作ったものは一応、あの滅却師にも還元するつもりだ。それもタダで。

自分の開発したものをタダで使わせるとは・・。
『やれやれ、私はなんて優しい男なんだ。
自分でも溜息をつきたくなるヨ。』

半ば本気でそう思っているマユリは、おそらく一生雨竜から理解されることはないだろう。



なんちゃって。

 

 

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