「平和」を願う者(東仙要)

東仙要は生まれつき眼が見えない。

その障害のため、少なからず苦労してきたはずだが、彼は物心ついた時から、穏やかな笑みをたたえた物静かな少年だった。

目は見えないが、彼は自然を感じるのが大好きだった。
頬を撫でる風。草の匂い。季節ごとに変わる花の香り。雨の匂いでさえ季節によっては違う。そして、鳥や虫の奏でる季節ごとの音。
恐怖を感じるはずの、雷の音までが、彼にとっては大自然の大いなる作品だ。

彼は聡明な少年だった。
その、素晴らしい大自然の美しさが陰る時。
それが人の争う時だと、早くから悟っていた。
だから、東仙は争うことをしない。

子供ならず、大人にまでも眼の事で、心無いことをどんなに言われようとも、少年は耐えた。
そして必ず、また自然の音を感じて心の平静と幸せを取り戻す。
そんな、少年時代を送っていた。

そんな彼が、真央霊術院の合格をもぎ取ったという時、周りは少なからず驚いた。
彼に死神に適した能力があることにも驚きだったが、死神とは戦う職業だ。
穏やかな東仙が、死神になりたいと言い出したこと自体が驚きだった。

東仙自身、大自然の中で一生を終える、そう考えていた。
だが、あることがきっかけとなり、彼は死神になることを決意する。

彼の心の中には、一人の女性が住んでいる。
東仙と共に、自然を賛美し、戦いを嫌う女性だった。
東仙は眼が見えない。しかし、その霊圧と自然に対する考えかたで、東仙は彼女を誰よりも美しいと表した。
けれど、彼女は今や故人だ。

戦いを嫌う彼女が死神を目指し、あまつさえ彼女の夫のために、志を果たせず、命を落とした。
そのことが、彼を自然の中から戦いの中へ身を投じる決意をさせた。

戦うことを極端に避けてきた東仙は、入学順位は下から数えたほうがダントツに早かった。
なにせ、面接の際、死神になりたい理由を聞かれ、
「世界に平和を創りたい。それだけです。ぼくは戦いが嫌いですので。」
そう答えた。試験官が呆れたのも無理は無い。
死神は戦うのが、職業。戦いが嫌いで、しかも盲目。大丈夫なのか?

しかし、東仙の持つ霊圧はやはり大きく、惜しいと感じた本部が、死神にならずともこの霊圧をほかの事に使えれば、と合格通知を出した。

しかし、東仙の死神になる決意は固かった。

入学当初は杖を突いていたが、死神にふさわしく無いと知るや、すぐに杖無しでの完全歩行を実現させた。
眼は見えなかったが、すさまじい記憶力を持っているため、一度聞いた内容は全て理解し、吸収してしまう。そして忘れない。
戦う術を知らなかった彼は、まるで砂漠に水が染み込むがごとく、死神の必要な能力を吸収していった。

そして、初対面の者が彼が盲目だと気付かないようになるのに、2ヶ月ほどしかかからなかった。

当然、成績は鰻上り。半年で最下位のクラスから特進クラスへ編入する。

しかし、どうしても苦手なことがあった。
他者を、傷つけることだ。
優しい彼は、どうしても他者を傷つけることが出来ない。
剣の練習の際も、刀を飛ばして勝利することのみ、考えているようだった。

ある日。教官に彼は呼び出された。
「東仙。お主の能力は、大したものじゃ。いい死神になれるであろう。ただ、死神とは、時に鬼にならなければならぬ。」
「はい・・・。」
「ホロウは元は人間じゃ。それを斬らねばならぬ。」
「・・はい。」
「傷ついている仲間を捨て置いて、ホロウを追跡せねばならぬこともあろう。仲間ごとホロウを斬ることさえある。お前にそれが出来るのか?」
「・・・。」
「出来ぬのならば、死神にはなれぬ。そろそろ覚悟を決める頃じゃ。よいか。急ぐ必要は無い。しかし、その覚悟がないのなら、故郷に帰るがよかろう。」
「・・・・分かりました。」

その数刻後、東仙は墓の前で佇んでいた。
『死神になるの。
死神になってホロウと戦うの。
平和を創るのよ。』
彼女はそう言っていた。あの、誰よりも世界の平和を願い、誰よりも強い正義を持ち、・・・そして・・・誰よりも美しかった人が。

自分は、彼女の願いを引き継いだのではなかったのか?
彼女のかわりに、戦うことを選んだのではなかったのか?!
そうだ。この刀はその決意の証。

ぼくは・・・斬る。
たとえ恨みはなくとも・・・。平和の為には滅すもやむを得ない。
ぼくはもう・・・躊躇わない!


この時、盲目の強大な死神が誕生した。



東仙は雲が好きだった。
雲は雨を呼び、大地に恵みの雨をもたらす。
雨の後の大地の息吹を知っているだけに、それを呼ぶ雲は好きだった。
だが・・・東仙の思い人は雲が嫌いだった。


・・・これ以降、東仙は雲のことを嫌いだと答えるようになる。

なんちゃって。

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