放射線科医、市丸ギン。

・・・巨大基幹病院BLEACH。

その中で、昼なのにカーテンを閉められた奇妙な一室がある。

遮光カーテンのため、部屋の中は薄暗い。
その中で、点灯されたシャーカステンだけがやけに明るく見えている。
モニターに張られているのは、X線写真だ。
胃がんの可能性が高いとされて、検査を受けた患者のものだった。

「こらまた、元気そうなガンやねえ。」
椅子の背をこちらに向けて座る男が、独り言をもらす。
まだ若い。
その男の声には緊張感が無いにも関わらず、聞く方は何故かゾクリとしてしまうような声だった。

足を組み、肘掛に片肘をつき、男にしては白い指先の上に顔を乗せている。
きちんとネクタイまでしめたワイシャツ姿に白衣。
細身で、あまり筋肉質には見えないが、実際はしなやかな筋肉が過不足無くついている。
背は高い。
銀色の癖の無い髪が額にかかっている。
眼は瞳を出さないように、目蓋は閉じられている。

そして・・口元には独特の笑いが浮かんでいた。

不意に男の骨ばった指先が画像の方へ伸ばされる。
「こんなに元気のええガンやったら・・・ココだけやないやろ・・?
何処や・・?何処かに行っとるはずや・・。」
胃のガン細胞の影から指先が動く。・・何かを探すように。

「・・ホラ・・おった。」
止まった指先が指し示すところには・・ごくごく小さなガンの陰が見えていた。
・・イヤ・・そうと言われても、直ぐには同じ医師でも分からぬ程のものである。

・・・・男の白衣につけられた名札には、こう書かれていた。


「放射線科医、市丸ギン」


この男こそが、X線画像診断、特にガンの病巣を見つけることに関しては、学会一と陰で噂される男である。



放射線科医というものは、あまり知られていない。
実際にX線などの放射線を扱うのは、放射線技師という専門職が殆どであるし、患者と直接会うことも少ない。

だが・・・その放射線技師に対し、的確な指導をし、出来上がってきた画像から誰よりも多くの情報を引き出し、担当医師にフィードバックするとともに、今後の治療の過程を導くという、重要な役割を負うのである。
今や、X線は治療には欠かせないものだ。
しかし、多量に浴びることは、人体に影響を及ぼすとされている。
必要最小限で最大限の効果を挙げること。

それが彼ら、放射線科医の使命でもある。


医学生の時だ。
ギンは優秀な外科医になれると、教授たちから太鼓判を押されるほどの腕を持っていた。
しかし、ギンが実際選んだのは、放射線科だった。

確かに重要ではあるが、花形といわれる科ではない。

外科に進むものと期待していた教授たちから質問があった時ギンは、サラリと答えたそうな。
「外科や、当直多いやありませんか。
ボク・・夜まで働くんイヤですもん。」

拍子抜けした教授に向かい、尚も続けて出た言葉は・・

「それに、ヤバイ薬なら、他の科でも扱えますけど、放射線は誰でも言うわけにいきませんやろ?
せっかく医者になるんなら・・・一番ヤバそうなもん扱いたいですしねえ。
心配せえへんでも、行くからにはそっちでエエ医者になりますわ。

ほな、教授、これからもよろしゅう。」


事実、ギンは優秀だった。
本来の医師としてだけではなく・・・X線の照射技術はどの放射線技師よりも高い。
照射技術の高さは、ガン治療の治療速度を加速させる。
ギンは基本的にはX線照射は、技術者に任せている。

ギン自らが行うのは・・針の穴に糸を通すような精度が必要な時だった。
小さな病巣の場合、隣の健康な細胞を傷つけないよう、照射するのは非常に難しい。

その時こそギンの出番だった。

「今やな・・『射殺せ、病巣』」
正確に、照射されるX線。
同じ事をやれる者は数少ないという。

ギンの技術のおかげで、手術負担が軽くなる患者は数多い。
しかし、ギンが表舞台で感謝されることは殆ど無い、

ギンは言う。
「別に感謝されとうないし。
ボクは、難しい所にあるガンとかを『射殺す』んが面白いだけや。」


今日もまた、薄暗い部屋でギンの指先が病巣を探る。


「・・・隠れても無駄やで・・?

全部見つけたるから・・・。

アカン所を・・全部・・・。


ココと・・・ココ・・・ああ、ココもアカンなあ。
コッチはまだ・・可愛らしいんやねえ。

ほな・・ボクの出番やな。」



囁きは・・・何故か奇妙なほどに甘い。


写真に触れる指先は、愛撫のようにも見えた。






なんちゃって。



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