筆筋(藍染惣右介)

藍染惣右介が、まだ五番隊隊長だった頃・・・。

藍染の就寝前の日課は、書をしたためることだった。
と言っても、書く内容は決まってはいない。
その日の出来事だったり、漢詩であったり、和歌であったり、書体もその日によって違う。

だが、必ず寝る前に筆をとっていた。
藍染がこの習慣を守り通したのにはわけがある。

書の筆の運びで、その日の己の心理状態を客観的に判断しようとしていたのである。
どんな書の名人と言えど、日によって出来あがる書は違う。
一見同じように見えても、筆の運びは微妙に日によって違うのだ。
それは体調や、筆の状態、紙質など様々な原因が考えられるが、一番影響を及ぼすのは、その日の心理状態であった。

僅かでも心の荒みがある場合には、それは筆の運びに現れる。
自分が自覚していなくとも、思うように筆が運ばぬ時には何かがある。
藍染の内に、巨悪が潜む事を知るのはごく僅かだ。
そしてそれは藍染の野望が果たされる時までは、何としてでも隠さなくてはならぬのである。

誰にも気づかれぬ自信は無論藍染にはあった。
しかし、だからと言って警戒を怠るほど、浅はかではない。
己の内面の状態を確認すべく、藍染の取った手法が、就寝前の書なのである。
また、例え僅かな乱れがあったとしても書をすることにより、落ち着かせる。

書の時間は、藍染が己と向き合う貴重な時間であった。


「・・・筆筋が荒いな・・。
いけない。どうも気が昂ぶっているようだ・・。」

その日の藍染は珍しく、自らの書を見て独り言を漏らした。
仕事においてどんな事件が起きようとも、ある程度書をまとめてきた藍染にしては珍しい事だ。

筆の運びを抑えきれない程の高揚。
無論、その書が余人が見たとしても、藍染の心の内を指摘することなど出来ないだろう。藍染だからこそ分かる書の変化だった。

その日は、東仙からある知らせを受けた日だった。
「・・・崩玉の在り処が分かりました。」

崩玉が何者かの魂魄に隠されたことは突き止めていた。『誰に』隠されているのか・・・。
浦原と関係があった全ての魂魄を確認せねばならない。気の遠くなるような地道な追跡だ。東仙はそう言う地味な仕事を、嫌がらず、そして着実にする男だった。

「ご苦労だったね。誰に隠されていた?」
「・・・十三番隊の朽木ルキアです。」
「朽木ルキアと言うと・・・朽木隊長の義妹だったかな。」
「はい。・・・もしや、浦原喜助と朽木白哉が繋がっているのでは・・。」
「いや・それは無いだろう。朽木ルキアと死んだ奥方と瓜二つというのは有名な話だ。今回の事は偶然に過ぎない。」
「現在、朽木ルキアは現世に赴任しているようです。」
「ならば、現世で捕獲することはたやすいかな?」
「それが・・・・現世で行方不明になっているようでして・・。」
「行方不明?
・・・・そうか。どうやら、そちらの方が浦原と関係があるようだね。」
「如何いたしますか?」

「そうだね・・・。それはまた僕が手法を考えよう。いずれにせよ、対象が分かれば、後はどうとでもなる。

・・大変だったろう。ご苦労だったね。・・要。」
「は!」

書をしたためながら考えるのは、朽木ルキアを燻り出す方法ばかりだ。
崩玉が手に入れば、いよいよ行動に移す事になるだろう。

・・・自らの野望を・・・露にするその時がやってくる。

「・・いけないね。こう言う時だからこそ、気を引き締めねば。」
だが、流石の藍染もその書に気持ちを抑えることが出来ない。
ふうと軽くため息をつき、眼鏡を外す。
そして目の付け根を軽く押さえた。

・・・ならば・・・。

書に向かう藍染の眼が一瞬にして冷徹な色に変わる。
そして、一気に何かを書きつけていく。その筆筋も今までの藍染とは全く異なるものだった。
斬れそうなほどの鋭い筆の運び。そして、書き終わると直ぐにその紙を償・Cの炎で火をつけた。そして、陶器の小皿の上に置き、書が灰になって行く様子を、無表情に眺める。
そして、完全に灰になった事を見届けると、また眼鏡をかけた。

その後の書は、『いつもの藍染』のものであった。


燃した書に何を書いたのか・・。

それは藍染のみが知る。




なんちゃって。

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