封印せし滅却十字(石田竜弦)

石田竜弦は貧しいながらも、夫婦仲のよい家庭に生を受けた。
竜弦は親の夫婦喧嘩というものを見たことがなかった。
それくらい仲のよい夫婦だった。

地味な家庭ではあったが、ひとつだけ他の家庭と大きく違うところがあった。
父、宗弦がクインシーということだ。

クインシーは200年も前に絶滅したとされる一族だ。
ホロウを昇華ではなく、滅却と言う方法を使って消滅させてしまう。
それゆえ、魂魄のバランスを崩すとして、衰退の一歩を辿った悲しい一族だった。

その最後の残り火が宗弦だ。
宗弦はかって対立していた死神の監視下に置かれることを了承し、その中でホロウを必要とあれば滅却していた。
とはいっても、その仕事に給金が支給されるはずもなく、石田家の家計は妻が仕事をすることで支えていた。

竜弦が幼い頃、どうして父は「お金のもらえる仕事をしないの?」とたずねた事がある。
その時宗弦はこう答えた。

「たとえ、お金がもらえなくても、生きている人の魂を守るということは素晴らしいことなんだよ。
それにこの仕事は誰にでも出来るものではないんだ。
死神という人たちと、父さんにしかできない。
お前は生きている人の魂が、ホロウという化物に食べられるのを見過せるかい?」

幼い竜弦は素直に納得した。
父は素晴らしい仕事をしているのだ、と。
そして父からクインシーとしての技を恐るべきスピードで吸収していった。

自分も父さんのように、誇りある仕事をしよう・・と。

小学校高学年の時だ。
母が急に倒れた。
胃の痛みを訴えたのだ。
救急病院に運ばれる。

そして、診断結果は「胃がん」。
しかも進行がかなり進んでしまい、肺にまで転移。

・・・手遅れだった。

いや・・・手術が出来たとしても、高額な治療費を貧しい石田家が出せるはずは無い。

竜弦の母はそれから2ヶ月もせず亡くなった。

「・・・どうして・・・母さんは死ななければならなかったの・・?」
泣きじゃくりながら父に問う竜弦。
・・しかし父は何も答えなかった。

『よくここまで我慢したものです。そうとう痛みがあったでしょうに・・。』
医師の言葉が竜弦の頭をよぎる。

「お金を稼がなければいけなかったから・・?
母さんは家計を一人で支えてたから・・?
だから我慢してたんだ・・・。
父さんが・・・父さんさえお金がちゃんと入る職についていれば、こんなことにはならなかった・・!!

なにが生きている人の魂を救うだ!!
母さんすら救えなくて、何が誇りある仕事だ!!

そんなものなんにもならない!!
クインシーなんて力・・・何の役にも立たないじゃないか!!」

父に詰め寄る竜弦。
しかし息子の言葉を宗弦はひたすら黙って受け止めていた。

自分が稼ぎがないため、妻に無理をさせていたというのは・・

・・・残酷ながらも真実であったからだ。

何も答えぬ父。
今までの尊敬すべき父の像がガラガラと音を立てて崩れるのを竜弦は聞いた。

「僕は・・・クインシーなんかにならない・・・。
絶対に・・・絶対にならない!!」

それからの竜弦は死に物狂いで勉強に励むようになった。
特待生となり、奨学金をもらい、入学金一切の免除を狙うためだ。
お金を稼げる職業に就くためには、第一に学歴がいる。
父は全く期待できない。
自分で何とかするしかないのだ。

そうして有名中学の主席として入学し、その後主席の座を一度たりとも譲らなかった竜弦。
最早、父に借りるのは保護者としての印鑑だけだった。

全て自分で決め・・・全て自分で行動するようになっていた。

金を稼ぐ一番の職。
それを竜弦は医師と考えた。
それも外科だ。第1級の外科医になり、どこかの総合病院の経営者の娘と結婚する。
それが最も手っ取り早い。

そして・・・冷酷なまでにそれを実践した。

父、宗弦は何も言わなかった。
何故なら・・・息子の援助を受けて生活していたからだ。
クインシーであることを封印し、のしあがった息子の援助を。

宗弦は知っていた。
竜弦がクインシーであることを封印しても、魂の悲鳴を聞いていることを。
勉強している時、そして執刀している時もホロウの気配を感じていることを。
それを全て無視することは容易な精神力では耐えられないということを。


やがて・・・竜弦に息子が生まれた。
竜弦はほとんど息子に愛情らしい愛情を注がなかった。
もともと結婚は金を得るための手段だ。
子供には不自由ない生活をさせればそれでいい。
ただ・・・病院を継ぐ程度にはなってもらわねばならないが・・。

宗弦は竜弦の息子をそれは可愛がった。
息子にはもう殆ど会う機会も許されないが、孫は懐いてくれている。
クインシーというものにも興味があるようだった。

・・雨竜は注がれない父の愛情を祖父に求めていたのかもしれない。

「・・また、父のところか・・。」
ある朝。
院長室の重厚な椅子に座る竜弦は不快だった。
このところ息子が父のところへ通う頻度が上がってきたからだ。
金にもならない職に興味をもたれては困る。

「ひとつ・・釘を刺さねばならんな・・。」
そう思ったころ・・。

「院長、そろそろ総回診のお時間です。」
婦長が知らせに来た。
「分かった今行く。」
院長室を出ると、医師が3人看護師は7名。
これから入院患者の様子を伺う総回診が始まる。
「・・特別室の議員の奥方の容態はどうだ。」

特別室の患者は、有力国会議員の妻が子宮がんで入院している。
危険な状態だったが、竜弦自ら執刀し、見事な手術成功を収めた。
さぞかし、議員がこの病院の評判を高く上げてくれるだろう。

「安定してます。流石は院長ですね。素晴らしい執刀でした。」
素直に感嘆した医師が言う。

「そうか。・・・ではいくぞ。」
「はい!」

白衣を翻し、院内を進む。
後ろにはつき従うは患者を救うプロたちだ。

『父さん・・。
何も滅却しなくても、人の命は救えるんですよ?


しかも同時に金が稼げる。



金にもならないクインシーに・・・何の意味があるんです?』



「石田院長の総回診です。」


院内にアナウンスが流れた。



なんちゃって。

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