振込金額(石田雨竜)

高校に入って思春期真っただ中の男子ともなれば、少し格好をつけたくなる頃だ。
ちょいとワルぶってみたりしたくなる者もいれば、クールに見せたいという者もあろう。
そして、「大人の男」に近づきたいと思っている者にとっては、自分の誕生日というものは、少し微妙な存在となる。

誰しも、自分の生まれた日を誰かには祝ってもらいたいという気持ちが、少しはあると思われる。
しかし、少しでも背伸びをしたい年頃の者にとっては、スルーすることがクールだと受け止められがちだ。

「あ、お前って・・もしかして今日誕生日じゃなかったっけ?」
「今日?・・そう言えば、そうかな。」
「そうかなって、お前、自分の誕生日くらい覚えてろよ。」
「すまない。すっかり忘れてたよ。」

こんな会話を恐らく理想としていると思われる。
だが、実際は友に忘れられ、自分からは言い出せずに、寂しい誕生日の放課後を迎えるか、辛抱たまらず自分でバラしてしまうか、そのどちらかだ。

しかし、完全に自他ともにスルーし、そして自らもそれを望む青少年が、たまには居る。


その一人が石田雨竜だ。

ケーキを買うわけでもなく、特別な物を買うわけでもない。
ただの通常日と同じ日を過ごす。

それが石田雨竜の誕生日の過ごし方だ。

雨竜は一人暮らしだが、別に生活費に困っているわけではない。
確かに家を出る際、父である竜弦からは「学年首位であること」の条件は付けられたが、総合病院の院長の息子として恥ずかしくない生活が出来るだけの額が、毎月、竜弦からは振り込まれている。無論、普通の高校生からすれば多すぎる額だ。

しかしながら、雨竜の生活は実に質素なものだった。
必要最小限のものしかない部屋。しかも、常に整頓されているため寒々しくさえ思える。
振り込まれた額の多くは使われぬまま翌月の繰り越しとなっているのだが、竜弦は残高に関わらず決まった額を振り込んでいた。
残高など、見てもいないという様にだ。
そして、その息子の雨竜もまた繰越額がいくらになっていようとも、いつもの必要最小限の額しか使わない。

使わないのは、雨竜の無言の抵抗だ。
滅却師を金にならないと切り捨てた竜弦。その竜弦に今は金銭的にも雨竜は庇護下にある。
高校生には多すぎる額を毎月振り込んでくる父からは、「金になる職を選んだ結果」の成果を見せつけられている気分だった。
それが雨竜は気に入らない。誇りある滅却師と金とを天秤にかけ、金を取った竜弦をだ。

その竜弦からは今更誕生日だからと言って、何か贈られてくるわけでもない。
必要なものは、振り込んでいる金から買えという意味だろう。雨竜が家を出る前から既に、そのような誕生日が続いていた。
ちなみに、雨竜が持っている口座は、実家にいた時、竜弦から小遣いの振込先として渡されたものだ。竜弦本人から、最後に現金を直接受け取ったのは、雨竜がもうずいぶん幼い頃だった。

・・・11月6日火曜日。

何時もの雨竜の日常だ。
この日の雨竜は、いつもATMに行く曜日ではないのだが、ATMに向かった。
雨竜は一週間の生活費を月曜日にATMから出金する。
そして、竜弦が生活費を振り込んでくる日は毎月25日だ。

そして、ATMに通帳記入させる。
ピッピピピという音は、何か通帳に記入する事項があるという事だ。

そして出てきた通帳には・・・・

『11−6 イシダ リュウケン 振込¥10,000 』

「・・・・・・。」
無言でそれを眺める雨竜。そして、キャッシュカードで今度は珍しく現金を引き出した。
金額は¥10,000ー

そして、引き出したとはいえ、何も買わぬままそのまま帰路につく。
家に着くと、仕舞いこんでいた古ぼけた貯金箱を取り出した雨竜。
引き出した、一万円札を折りたたんでそこに入れる。

・・誕生日の日。
竜弦からは恐らく誕生日プレゼントのつもりだろう、入金がある。
しかし、その入金額はその時その時の雨竜が相応と思われる範囲の金額だった。

毎月の多すぎる小遣いではなく、年相応の金額。
それが不思議とリアルさを与えていた。

雨竜はその金額だけ毎年口座から出金する。
そして、幼いころから使っている陶器製の古い貯金箱に入れる。

それが、毎年の雨竜の誕生日の過ごし方だ。
実家に居た時は、通いの家政婦が誕生日のご馳走を用意してくれていたが、家を出ればそれも無い。

後はふだん通りの生活だ。
古い貯金箱がまた仕舞われ、後は教科書を開く生活だ。


そうして、静かに雨竜の誕生日は過ぎて行った。



6日深夜。
父、竜弦は自宅のパソコンで雨竜に渡した口座の状況を見ていた。
無論、雨竜への口座の振り込みもパソコンでなされている。

『11−6 ATM 出金 \10,000-』

「・・・フン。」

竜弦から低い呟きが漏れ、そしてその画面が閉じられた。





なんちゃって。



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