二人の父(一心と竜弦)

・・・夜。
空座総合病院のガラス張りの新生児室の前に一人の男が立っていた。

かなりがっしりとした体格だ。あごにはわざとなのか、不精なのかは分からないが、ヒゲが伸びている。

男はただ黙って、中にいる新生児たちの中の一人を眺めていた。


そして男が見ている新生児の頭に生えた毛は・・・鮮やかなオレンジだった。


恐らく父親なのだろう。
しかし、その男の表情には、父になった喜びも、明らかに普通の子と違う特徴を持つ子供が出来てしまったという不安の色も浮かんではいない。


・・・ただ・・・強い眼差しでわが子を黙って見つめている。


その男の横に、白衣を着た男がスッと並ぶ。
子供の父・・黒崎一心が目は子供の方に向けたまま、白衣の男に声をかけた。


「・・よう。
俺の息子の顔をわざわざ見に来てくれるとは思わなかったな。
外科ってのは忙しいんじゃなかったのか?石田。」

「勘違いするな。
変わった子供が生まれたという話が、外科にまで届いていてな。

興味があったから覗きに来ただけだ。」

声をかけられた男も、目は子供に向けたまま答える。

「そいつはどうも。」


「・・・・。」「・・・・。」
そのまま無言で2人の男はオレンジ色の髪をした赤子を眺めている。

「まあ〜〜!オレンジ色の髪の子っていのね〜〜!」
「染めてんじゃないの?ある訳ないじゃない。オレンジ色の髪なんて。」
「流石に新生児に病院内で髪は染めさせないでしょう。」
「・・それもそうねえ。でも、普通あんな色ありえないでしょ?」
「・・・染色体異常かしら・・・。」
「気の毒にねえ。あんなに元気そうな子供なのに。」

他の患者の見舞い客だろうか。二人の中年女性たちが、オレンジ色の髪をした赤子について無遠慮に話し合う。

しかし、白衣の男の冷たい一瞥を食らうと、そそくさと帰っていった。

「・・・話がある。来い。」
白衣の男・・石田竜弦が促した。
空き室の個室に、一心を誘うと自分は窓から外を眺めながら、無感情に話し始めた。

「・・・お前の考える事など、知った事ではないが、私の記憶では、死神が現世で子を作ることは禁忌だとされているはずだが。

・・たとえそれが『元死神』であったとしてもな。」

「・・・まァな。お前の言うとおり禁忌だ。」

「先日行った染色体検査では目立った欠損は今のところは見受けられない。
あの髪の色になった理由は、今のところ医学においては不明だ。

禁忌で出来た子にしては、髪の色以外は目立った差異は感じられない。」

「・・そうか。」

「だが・・成長するに従い、何が出てくるかは分からん。
新生児だが、既に高位の霊力を保有している。
精神に異常をきたしたとしても、おかしくはない。

・・・覚悟は出来ているだろうな。」

「ああ。出来てる。」

「お前の素性を話すつもりか?」
「・・いや。何も話すつもりは無え。」
「人とは違う理由も分からずに、成長させる気か。

あきれて何も言えんな。」

「そういや、お前のほうも11月だろう。
教えるのか?生まれてきた子に。」

「いいや、私はな。だが私の父はクインシーである事を話すだろう。」
「それでクインシーとして育てるのか?」
「まさか。私はクインシーなどにはさせる気はない。

クインシーなど金にならない事に労力を費やすくらいなら、別のことに費やした方が効率的だ。」

「お前らしいな。」
「話はそれだけだ。」

先に病室を出ようとした竜弦が、ドアに手をかけたまま問う。
「・・・母子を個室に移す事も可能だが・・・どうする?」

病院に居る間中、今日の様に晒し者にされるのだ。
竜弦の一応の心遣いだった。

「・・いや、今のままでいい。
どのみち、これから隠すわけにはいかねえしな。」

「そうか。」

ノブを回して出て行く竜弦。
そして廊下を歩く、革靴の立てる音が遠のいていく。


残された一心は、竜弦が眺めていた窓から外を見る。

元死神もクインシーも、普通の人間でないという意味では同じだ。
父になる以上、子に責任を持たなくてはならない。

普通持たない能力を持つ子は、幼いときから相当な苦労をすることになるだろう。

『俺の子も・・・そしてあいつの子もな・・。』



全く性格も境遇も異なる二人だが、子に対する育て方は奇妙なほどに似ることとなる。




自分が何者なのかを伝えないと言う点で。


・・・子に進む道を全て決めさせると言う点で。


・・そして・・・ただ子の進む道を見届けると言う点で。


二人の父親は、語らずして歩む事となる。


前に歩むのは彼らの子だ。

つまずき、迷い、苦しみ、そして笑う。


その様子をただ、静かに見守るのみである。





なんちゃって。

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