標本採集(涅マユリ)

十二番隊隊長にして科学技術局局長のマユリは、基本的に極度の出不精だ。
何故なら、隊の編成だのなんだのを考えたり、他の隊との打ち合わせをするくらいなら、その時間を研究に費やした方が、余程有用だと思っているからである。

であるので基本的には已む無く出て行かねばならぬ事でもない限り、隊の外・・・いや、科学技術局の自分専用の研究ブースから出てくることは無い。

無論、その出て行かなければならぬ事とは、隊首会など総隊長まで参加するような場合だ。

ところが、その出不精なマユリも、自ら進んで出かけることがある。
それは標本採集のためだ。無論自分の研究のためである。

隊にも貢献する部分はあるので、他の隊からの協力も得られそうなものなのだが、残念ながら積極的に科学技術局・・いや、マユリの研究に協力しようという奇特な所はどこも無い。
それどころか、自分が研究対象にならないよう、出来るだけ避けるのが一般常識とされていた。

それゆえ、マユリは研究の対象の標本は自ら集めねばならぬのである。
自分への協力者が少ないという事に、ボヤきはすれども、標本採集に向かうマユリの足取りは意外に軽やかだ。
頭の中では対象をどのように『分類』してどのように研究すべきか、様々に考えている。
確かに、自ら標本採集に出向くのは時間がかかることではあるが、好きなように標本を採れるので、その点ではマユリは満足していた。

そして、目下の一番彼が興味深い研究対象としているのが破面だ。
その破面の頂点とされている十刃ともなれば、垂涎の研究対象だった。

井上織姫なる旅禍を救出に虚圏に向かう旨を総隊長の山本から訊いた時、一もにも無くマユリは志願した。
無論、その人間の小娘の能力にも興味がある。が、今は破面だ。
破面。来るべき決戦の死神が戦う対象。いくらでも情報及び標本は欲しい。
虚圏にまで行けば、十刃の標本を取る事も可能だ。マユリがこのチャンスを逃すはずは無かった。

大体、小娘の方はこちらに連れ戻して、隙をつけばいくらでもなんとかなる。

さて、虚圏に到着したマユリ、剣八、白哉、烈たちは予想外にも、それほど揉めなかった。
対象が分散していたため、一人の十刃を誰が倒すかというような醜い争いをせずにすんだのは、幸運と言えるだろう。

マユリが雨竜と恋次が戦うザエルアポロの方に向かう事になったのは単なる偶然だった。
霊圧から察するに、十刃らしき者に苦戦している程度の事は分かったが、不甲斐無い者たちのおかげで十刃を完品の状態で自分の為に取っておいてくれたと思えば、幸運だと思えた。

そして、到着してみれば、六番隊の副隊長と滅却師のあまりの姿に呆れる思いだった。
特に滅却師の小僧は、過去に戦い、すでに研究しつくしたとして軽んじていた滅却師という種に、未だ研究価値があると認めさせたあの頃のあのころの面影は欠片も無い。
しかも、マユリは採集することに失敗すらしたのだ。この小汚い小僧にだ。

『なんだネ、この姿は。無様にも地面にはべりついて、まるで潰れたカエルのようじゃないかネ。
いや・・この場合カエルの標本のようだと言った方が適切かも知れないがネ。』

そして、滅却師の小僧の発言がまたもやマユリを失望させる。
「・・ど・・どうしてお前が・・・
こんな所に・・?!」
信じられないという顔だ。これには応える気すら失せた。
『何故ここに居るか・・・だと?
そんな事さえ頭が回らない下等種だったとは、つくづく失望したヨ。
私がわざわざ出向く理由・・・研究以外に何があるというのかネ?小僧。

・・もう少し頭が回る小僧だと思っていたのだがネ。
しかもこの程度の輩にその様とは・・・つくづく失望したヨ。小僧。』

マユリの雨竜へ向けるまなざしは、侮蔑に満ちたものだった。

「何だ、知り合いか。滅却師。」<標本予定>が口をはさむ。
「知り合い?ハテ。
知らんヨ。そんな下等種は。」
そう答えたマユリにウソは無い。マユリが標本採集に失敗したあの滅却師であれば、ここでこんな無様な姿をさらしていないからだ。こんな弱くそして小汚い唯の小僧に興味がある筈がない。小僧が何やら怒っているのが見えたが、そんなものには興味は無い。

<標本予定>が改めてマユリの名を尋ねようとしたが、気が変ったらしい。どちらにしても、標本に自分の名を教える必要は無いとマユリは考えていた。

「・・いや・・やはり訊くのは止そう。
所詮君も僕に消されるだけの存在。名など訊くだけ無駄な事だ。」
どうやら、<標本予定>はマユリを挑発しているようだった。

『・・・やれやれ、それで私を挑発しているつもりかネ?
独創性の欠片も無いそんなものは、挑発などにはならんヨ。

いいかネ?挑発というのはネ』
「だが私の方は意味の名を聞かせてもらわないと困るんだがネ。」
「・・・何故?」
「何故?馬鹿かネ、君は?そんなの決まっているじゃないか。

君を瓶詰めにした時に瓶に名前を書く為だヨ。」

・・この程度は最低でもやって欲しいところなのだがネ。
やれやれ、この程度では十刃の下の方と言ったところだろうネ。

・・まあ、いい。十刃は君以外にもあと九体存在するはずだからネ。


・・・・手始めに、君から標本採集といこうじゃないかネ。
せいぜい興味深い行動をしてくれたまえヨ?

それでなくては面白くないからネ。





なんちゃって。

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