戌吊の地に桜舞う(朽木白哉)

地方の農園にいることを許された緋真。
この農園への白哉の訪問回数は格段に増えたが、これといった二人の変化は見られなかった。
ただ、一言二言、言葉を交わすのみ。

緋真が白哉を見る時のその頬に明らかな赤みが帯びるようになったこと。
そしてそれを見る白哉の眼差しが徐々に緩むようになっていること。

静かな変化。
だがそれでも幸せだった。

・・・この二人にとっては。


ある日のことだ。
白哉がこの農園に来るといつものはにかむ様な笑顔がない。
いつもは一番に出てくるというのにだ。

「・・緋真はどうした。」
白哉の声は硬い。
すると、緋真は初めての休みを取り、旅に出たという。

「・・旅だと?」
「はい。なんでも生き別れた妹を探しに行くとか。2日ほどで戻るということですが。」
「・・・一人でか。」
「はい。・・・何か問題でも?」

思わず白哉の眉根に皺が寄る。
妹を探しに行くことが問題ではない。
行った先が問題なのだ。

戌吊。南流魂街第78地区の名だ。
80ある地区において3番目に治安の悪い地区。
そこに緋真は幼い妹と流れ着き、そこへ妹を置いてきたという。

白哉自身、緋真に戌吊へ妹を探すことを許可しているのだが・・・。
まさか一人で行くとは・・・。

まず、若い女が一人で行くところではない。
何かあってからでは遅い。
人をよこすことも考えたが、農園に武道が達者なものはいない。

『白哉さま・・・』
白哉の脳裏を、緋真の笑顔がよぎる。

そして、白哉は来たばかりの農園からまた出かけることになる。


南流魂街第78地区「戌吊」。

そこに緋真はいた。
怪しげな風体をした男たちが、自分をニヤニヤしながら眺めている。
中には口笛を吹くものもいた。

怖かった。
ほんの少し前までここにいたというのに。
本当にこんなところに私はいたのであろうか。

思わず両手を胸の前で強く握る。
このまま引き返すわけにはいかない。
この恐ろしいところに、私は幼い妹を置き去りにしたのだ。
なんとしてでも手がかりを掴まねば。
休みを許可してくれた農園関係者にも申し訳が立たない。


まずは置き去りにした場所へ向かう。
この建物の中だったか、と近づいた時だった。

「よお、ねえちゃん。誰か探してんのかい?」
気安げに3人の男が声をかけてきた。
「あ・・あの妹を探しに。」
「妹?妹ねえ。この辺に若い女なんていたか?」
「いねえなあ。いたとしてもよう。・・なあ?」
「へへへ。ちげえねえ。」
「俺たちと一緒に来れば、一緒に探してやってもいいぜ?」

ボスらしき男が近寄る。

緋真は思わず後ずさった。
危険だ。
緋真の本能が逃げろと叫ぶ。

緋真は駆け出した。が、男たちは予想していたのか直ぐに進路をふさいでしまった。
「何処へ行くんだい?ねえちゃん。」
逃げなければと思うが、逃げ道が見つからない。
緋真の肩に、男の手が置かれる。
怖い。
助けて・・・誰か・・!

思わず緋真が恐怖のあまり目をつぶる。

その時だった。

「・・・私の連れに何をするつもりだ・・。」
若い男の声が男の背後でした。
次の瞬間、緋真の肩を掴んでいた男の体が、空を飛んでいた。
「うわ〜〜〜!!!」
どさりと落ちる音が聞こえ、目を開いた緋真が見たものは・・・。

四大貴族の次期当主、朽木白哉の姿だった。
旅装用の外套を身につけているが、高貴なところは隠せない。
相変わらずの端正な顔立ちは、僅かに不快を表している。

仲間を吹っ飛ばされ、一瞬ひるみはしたが、明らかに金づるだ。
男たちが、白哉にかかっていこうとした時だった。


白哉が霊圧を解放する。
圧倒的な霊圧。
男たちがあまりのすさまじい霊圧に、地にひれ伏す。
内臓までも圧迫するのか、嘔吐を繰り返していた。

最早、男たちには目もくれずに緋真に近寄って行く白哉。
あっけに取られている緋真。
よもや、白哉がこんなところに現れるとは思いもしなかった。

あの、『朽木白哉』様が。
こんなところに。
何故?
まさか・・・私を探しに・・?
いや・・まさかそんなことがある訳がない。
私などの為に、そんなことが。

「・・このようなところに、一人で来るとは、無茶が過ぎるぞ、緋真。」
言葉の陰に隠れる、僅かな怒り。

当然だ。白哉様にこのようなご迷惑をおかけするだなんて・・・!!
「申し訳・・・ありません。緋真が悪うございました・・。」
緋真の目に涙が溢れる。

恐怖が去ったという安堵感。
そして、白哉が自分の為にこのようなところまで来てくれたという感激。
その白哉を自分は怒らせてしまった。

全ての感情が涙となって緋真の頬を伝っていく。

「・・・泣くな。」
「はい。申し訳ありませ・・・。」

不意に引き寄せられる。
次の瞬間、緋真の華奢な体は白哉の腕の中にあった。

驚きに緋真の目が見開かれる。
頭上で安心したかのようなため息が漏れる。

「・・・心配したぞ。」
今までとは違う優しい声。

緋真は知らなかった。


白哉がこんなにも優しく声をかけられる者であったことを。

・・・そして

・・・自分がこんなにも白哉に惹かれていることを。


その後、少しばかり緋真は妹のことを尋ねて回ったが、結局のところは何も分からなかった。
白哉も早々に農園に戻るように言う。
だが、白哉は農園に帰るまで緋真と行動を共にする。

「よいな・・私の傍を離れるな。」
「はい。白哉様。」

農園でも二人でいるということは、ほとんどない。

戻ればまた、すれ違いのような日常がはじまるであろう。



・・・農園までの帰路。


ほとんど言葉は交わさない。


しかし、白哉の歩む速度がいつもよりも緩やかであったのは、緋真のことを気遣っているためかどうかは・・・誰にも分からない。



なんちゃって。




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