空座町の黒猫(四楓院夜一)

勝手気ままに過ごしていると思われる猫の社会にも厳しい上下社会が存在し、その上下とはは力関係とともに決まる。

無論、猫に口が利けるはずがないので、真偽の程は定かではないが、彼ら猫たちに、「君たちの中で一番強い猫って誰?」と聞くと、必ず帰ってきそうな返答がある。

「浦原商店の黒猫の姐さん」

姐さんにちょっかい出そうとして、イタすぎる過去を持つ者はその後に身震いするそうな。
・・・何をされたのだろうか・・。


当然、その姐さんとは四楓院夜一が世を忍ぶ仮の姿となったものである。
つやつやした光沢を放つビロードのような美しい黒い毛と、金色の瞳。長い尻尾。
外見からするとシャム猫の系統であろうか。
3.5キロほどなので、大きい猫では決してない。

しかし、猫になっても夜一は強かった。
空座町に猫の姿で登場してからと言うもの、猫たちの頂点に立ち続けている存在だ。
といっても、普通のボス猫とは違い、なわばりをパトロールして、絶えず他の猫に睨みをきかせるわけではない。

と言うか、姐さんには縄張りと言うものがないのだ。
たとえば、浦原商店の軒先が他の猫のテリトリーになっても全く頓着しない。
何故なら・・・姐さんにとって、行動に文句をつけるような猫がいるのなら、そいつをいつでも軽くぶっ飛ばせばいいことなのだから・・・。

というわけで、姐さんは他の猫たちのテリトリーをバリバリに侵犯しまくって、堂々と通行しているのである。
無論、その際侵犯された猫たちは見ないフリをする。
猫も命は惜しいからだ。


さて、その姐さん。今日は河原で一休みをしている・・のかと思ったらそうではない。
なにやら水面を熱心に見つめている。
水面には姐さんの姿が映っていた。

姐さん・・水面に映る自分の姿に酔いしれているのか・・・?
と思ったら、姐さんの右前足が目にも留まらぬ速さで水面をさらった。

バシャッという水音とともに、なにやら物体が空を飛び河原の方へ落下。
そしてピチピチと跳ねだした。


姐さんが見ていたのは、川面の自分ではない。

・・・川の中の鯉を狙っていたのだ。

体長50センチ、重さは3キロほどもありそうな大きな黒鯉だ。
当然、普通の猫が前足一発で揚げられる獲物ではない。

しかし、姐さん。
さらに、その巨大な・・しかもまだ跳ねている鯉を何事もないかのように口に咥えて持ち上げる。
・・・猫に咥えられて完全に宙に浮く黒鯉・・・。


・・・ありえない・・・。


そして、ピチピチと尾が動いている鯉を咥えたまま、姐さんはまた悠然と他の猫のテリトリーを荒らしながら、浦原商店への帰路を歩んでいった・・・。


猫はおろか人間までも目は釘付けだ。


・・・浦原商店到着。

店番をしていた雨が真っ先に気が付き、浦原に報告。そのまま浦原が表に出てきた。
「おやま、また大物を獲ってきましたねえ。
煮付けにでもします?」

浦原も慣れているのか驚かない。しかも調理法について質問するとは。
その問いに姐さん、軒先の片隅に置かれている七輪の方へ顎をしゃくる。
無論、魚は咥えたままだ。

「あ、塩焼きっスね?分かりました〜〜。
じゃ、お魚預かりますヨン?雨!すみませんけど、塩焼き用にこれ切ってくれませんかねえ。
頼みましたヨン?」
「分かりました。塩焼き用ですね?」


奥へ引っ込む雨を見届けると、浦原が姐さんに話しかけた。
「しっかしまあ、あれだけの大物、土につけずに持って帰るのタイヘンでしたでしょ、夜一さん。そんな無理なさらなくても〜〜。」
それに姐さんが答える。
「馬鹿をいうな、引き摺りながら帰ったりしようものなら、折角の魚が泥だらけになってしまうではないか。
折角の活きのよい魚も死んでしまう。

魚は活きが命じゃ。これは譲れぬわ。

ホレ、何をしておる。今のうちに炭を起こさぬか。
全く・・おぬしは気が利かぬのう。
そんなことで、ハンサムエロ店主が務まるのか?」

「ご心配なく〜〜、その辺にぬかりはありませんから〜。」

「フン、ぬかしおって。」


赤々と炭に火がともる。
もうすぐ、鯉が切られて運ばれてくる頃だ。

姐さんは既に皿の前で座っている。


塩焼きは焼きたてが命。
猫舌なんぞ、なんのその。


今日も姐さんは唯我独尊の気ままな日を送っている。






なんちゃって。


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