刑戦装束(砕蜂)

・・・・ずっと憧れていた装束があった・・。

それを初めて見たのは、奴が身に纏っていた。
・・・・四楓院夜一。
尸魂界と・・・この私を裏切った、幾ら憎んでも憎みきれぬ、奴が身に纏っていた・・。

・・・奴が身に纏っていた衣装は・・・・。

「刑軍統括軍団長、刑戦装束」と呼ばれていた・・・。


初めてそれを見たとき・・私はあまりの肌の露出度に、驚きもし、そして同時に同姓ながらも目のやり場に困ったものだった・・。

露な背中。袴の横からは褌(ふんどし)の紐がそのまま覗いている。
奴の乳房は脇口から大きくはみ出ていた。
辛うじて前合わせと袴の背板の部分を幅広の布で押さえているといった状態だ。

普通の女ならば、あまりの露出に耐えかねるに違いない。
事実、私もその時、自分はとても身にはつけられないだろうと思っていた。

しかし、奴は恥じらいの欠片もなく、それを身に纏っていた。
まるで、それが当然だというように。

私はそれまで、女性であることに何処かで引け目を感じてきた。
刑軍は基本的に男の社会だ。
当然、女としての甘えなどは許されぬ。それゆえ、女性らしい言動は絶対に禁物であったし、肌を出すなどもっての外と考えてきた。

だが、あ奴は違った。
男も女も超越した存在だった。
男がいようがいまいが、混浴の風呂に平気で入るような奴だった。

上質のなめし皮のような黒い光沢のある肌。貧弱な私と違い、女性として恵まれた肢体。しかし、豹のような美しい動きだった。大貴族の当主でもあるにもかかわらず、実に砕けていたその言動。

後に聞けば、軍団長の刑軍装束は奴が考えたのだそうだ。
肌が露な理由を聞けば、「その方が動きやすいのじゃ。ま、いろいろとのう。」と言う。


それから・・・私にとって「刑軍統括軍団長、刑戦装束」は奴そのものとなった。

早く奴に近付きたくて・・必死で鍛錬を重ねても、なかなか埋まらぬ実力差に歯噛みする毎日だった。
己の不甲斐なさにうな垂れていた時のことだ。奴が私に声をかけてきた。
「なんぞ、凹んでおるようじゃのう。なんじゃ、わしに言うてみよ」
正直にその旨を伝えると、奴は笑って言った。
「大丈夫じゃ!己を信じておれば、お主には出来る!

・・・知っておる。お主が頑張っておることはのう。・・いつも感心な事じゃ。」
そのまま奴の胸元へ引き寄せられた。
「つらいときは泣くものじゃ。好きなだけ泣け。
そして、明日はまた頑張ればよいのじゃ。」

頭をぐりぐり撫でられた。まるで子供にするようにだ。
蜂家では、このようにされたことなど、一度もない。
子は全て刑軍に入るためだけに育てられる。
情などとうに捨てたはずだった・・。いや、あると思っていなかった。

・・・その私が・・・人の胸を借りて泣く事になろうとは・・。
一体、蜂家の誰が想像したであろうか・・・。

ひとしきり私を泣かせておいて、奴は言った。
「おぬしの夢はなんじゃ?」
「強くなることです。」
即答した。

「ほう、どの程度強くなりたいのじゃ?」
それには、少し困った。

そして、恥ずかしげにこう言った筈だ。
「いつか・・本当にいつかですけど・・軍団長の刑戦装束を着れる様になるくらいまでは・・。」
「なんじゃ、お主、これが着たいのか?」
「あ・・!本当に何時かです!」
「着てみるか?いい機会じゃ。着てみるがよい。」

あまりのことに思考が止まる私を傍目に、奴は刑戦衣装を脱いでしまった。その場所でだ。
美しい肢体をしていれば、恥じらいなど無くなってしまうのであろうか。

「何をしておる。おぬしも脱がぬか。」
事も無げに言う。
「い!いえ!そんなつもりで言ったのでは!!あ!なにをなさいます!!」
「いいから、脱げ!ほ〜〜れ、ホレ!!」

・・・そして、褌ひとつに私を剥いておいて、奴も褌ひとつのまま、私に刑戦衣装を着付けていった。
脇からの頼りない胸元をしきりに気にする私に、奴はこう言った。
「よいかの?これを着たいのであれば、女を捨ててはならぬぞ?女を超えるのじゃ。

強さも・・そして女であることも超えてしまえ。

これが、恥ずかしいと思ううちは・・まだまだであろうのう。」
「は・・はい。」
「よいか?着心地を覚えておけよ?
何時かまたこれを着る事になるのじゃ、今のうちに覚えておけ。」

金色の目が・・そして、肩に置かれた手が・・「自信を持て」と伝えていた。
奴が今まで着ていた装束は、未だ奴の体温を残していた。

立ち上る自分とは違う匂い。
奴の匂いだ。



・・・幸せだった・・・。

・・・これで死んでもいいと思うくらいに幸せだった。



・・・あれから100年余り・・・。
私は、専用の刑戦装束を身に纏う身となった。


無論、恥じらいなど欠片も思わなくなっている。


ただ・・・袖を通す装束が・・・ひんやりと冷たい・・・。


ただ・・それだけの事だ・・・。





なんちゃって。

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