決戦前(更木剣八)
尸魂界はざわついていた。
浮き足立っているとまでは言わないが、冬の来る決戦にむけて、各隊があわただしく準備している。
敵は、大逆の徒、藍染惣右介が率いる、強力なアランカルの軍勢だ。
しかも、崩玉なる未知の物質により更に強化されていると考えられる。
そして、何よりも・・・。
彼らを欺いた、藍染惣右介、市丸ギンならびに東仙要は、ついこの間まで彼らが尊敬していた隊長なのだ。
その者たちが、欺くどころか、更にこちらに攻めてくると言うのである。
裏切られたというショックもまだ癒えぬまま、次なる決戦に向かわねばならぬ彼らの動揺は、やはり大きかった。
そんな中・・十三在る隊の中で、唯一つ活気を損なわぬどころか、更に活気にあふれていた隊が在る。
・・・十一番隊だ。
先の旅禍の侵入で大きな打撃を受けたものの、戦いを好み、戦いを楽しむことの出来る者たちが集まった隊だ。
・・・戦闘集団、更木隊。
何時もは眉をしかめて眺める他の隊の隊員たちも、今回ばかりは戦意高揚している更木隊を見て、元気をもらっている状態である。
そしてその十一番隊の頂点に立つ者。
最も戦いを好み、最も戦いに飢え、最も戦いを愛する者。
その者こそが、更木剣八である。
来るべき戦いに待ちきれないと言う風にしているかと思いきや、剣八は意外にも平常時と全く変わらなかった。
変わったことといえば、時折己の斬魄刀と向き合う姿が増えたことくらいなものだ。
あれほど、戦い好きな隊長であるのに・・・・首をひねる隊員も少なくはない。
「更木隊長は嬉しいと思ってねえのかな・・。」
そんな言葉も聞かれていた。
『・・嬉しくねえだ?嬉しいさ。
踊りだしてえくれえにはな。』
剣八は今も斬魄刀と向き合っていた。
『たまんねえよな・・。
この戦いの前の緊張感、そして高揚感が。
何回体験してもいいもんだ。
なんせ、厭きるってことがねえ。
藍染が裏切ったっていうのは、意外だったのは確かだ。
でも藍染の奴が何を考えてようが、そんなことはどうでもいい。
つええ奴を連れて、俺に戦いを運んでくれるんだ。
全く・・・感謝してえくれえだぜ。』
折角の機会なのだ。
もっと戦いを楽しみたい。
こんなチャンスはめったにない。
『出来るだけこの戦いを楽しめるようにしてえ。
藍染はあの一護が手も足も出なかったような奴だ。
俺ももう少し強くなってねえと、面白い戦いは出来ねえ。
その為には、斬魄刀の名を知り、更に強くなってねえとな。』
そして剣八は今日も己の刀の向き合う。
しかし、斬魄刀からの返答はない。
『・・・ちっ。ダメか。』
なかなか聞き出せない斬魄刀。
『・・ま、俺自身、名前を持ったのって、結構経ってからだもんな。
・・?名前を持つ・・?』
元来、名とは他人からつけてもらうものだ。
剣八以外の者は、己以外の誰かからその名をもらっている筈である。
だが事実、剣八は自分の名を持っていなかった。それで自分でつけた。
斬魄刀は、持ち主の第二の人格と言ってもいいのだそうだ。
その能力は、持ち主の個性と大きく関係する。
その斬魄刀は、持ち主に自分の名前を教えるのだと言う。
何故、斬魄刀自らが自分の名を知っている?
誰にも名をつけて貰ってもいないのに、何故自分の名がついている?
目の前には何も語らぬ己の斬魄刀がある。
「・・もしかして・・・てめえ・・・本当に『名前』がねえんじゃねえのか?」
答えはない。
「ま・・・いいさ。
でももし、本当に名前がねえんなら、俺がつけてやるぜ?
俺自身もてめえでつけた名だ。
遠慮はいらねえ。」
もう一人の、『俺』・・か。
だったら、てめえも戦いは好きなんだろ?
一緒に楽しもうぜ。
黙ってたって、つまんねえだろ?
こんな機会はめったに無え。
ああ・・・楽しみだな。
どんな強ええ奴とやりあえるんだ?
藍染とも戦ってみてえ。
・・・・踊りだしたい気分なのを抑えてんだよ。
そして、溜めてんだ。
本当に楽しいのは今じゃねえからな。
戦うその時まで、はしゃぐのはお預けだ。
こうやって、押さえつけてんのも、戦いを楽しむためだ。
楽しむためには、準備も我慢も必要なんだよ。
ああ・・・早くやりあいてえな・・。
やりあいてえ。
おい。斬魄刀。
てめえはそうじゃねえのか?
貸せよ、てめえの力を。
そんで、もっと楽しもうぜ、戦いを。
名前がねえっていうんなら俺がつけてやる。
斬魄刀の名前を死神がつけるなんざ、前例とやらがねえのかもしれねえが、そんなことはどうでもいいじゃねえか。
俺自身が、前例のねえ奴みてえだからな。
斬魄刀の名前を自分でつけたくれえ、別におかしくねえだろ。
ま、考えといてくれ。
こうやって、手間かけるのも楽しみの一つだ。
もう直ぐ来る祭の、な。
派手に行こうぜ、派手に。
ああ・・・たまんねえな・・・。
たまんねえ。
生きるってこたあ、戦うことだ。
少なくとも俺にとってはそうだ。
冬・・・俺が『生きる』場所が、そこにはある。
・・・おめえの『生きる』場所は・・・見つかってっか?
ちっ、無えなら探せよ、それくれえ。
だがこれだけは言っといてやる。
戦いもねえところに、ホントに『生きる』場所なんてねえんだよ。
なんかと戦ってこそ、生きてるって思えるんだ。
戦いを避けてちゃ、何時までたってもつまんねえ奴で終わっちまうぜ?
・・・・逃げんなよ・・。戦えよ。てめえと。
そうすりゃ、ちったあ楽しくなるぜ?
・・・・ま、俺ほどではねえと思うけどよ。
なんちゃって。