奇妙な父娘(おやこ)涅マユリ・ネム
・・・世の中には様々な親子の関係が存在するが、この父と娘ほど変わっているのも珍しいと思われる。
何故なら、娘には母というものが無い。
別に、離別してしまったというわけではない。
初めから、母というものが存在しないのだ。
娘は父のみの霊子情報しか受け取っていない。
ならば、通常クローンと考えられるが、そうでもない。
父からクローン技術で生まれるのは、どう考えても同じ男の息子になるはずだ。
しかし、その子は娘として生を受けている。
その不可思議な状況を可能にしたのが、技術開発局の最高の義骸技術および義魂技術である。
そして、その恐るべき技術開発局の2代目局長がこの不可思議な父であり、その副官が不可思議な娘なのである。
名を、父が涅マユリ、娘はネムという。
自然界および倫理への挑戦にも取れる、このマユリの行いは、無論四十六室の審議にかけられるほどの問題行動であったが、娘ネムが父に従順であり、問題行動を起す心配が少ないこと。
そして、父の傍に絶えず置かれるということ、新たな義骸及び義魂技術の扉を開く可能性が高いことを理由として、黙認されることになった。
結果を聞かされたマユリ。娘のネムにこう言った。
「フン。やはりお前を女にしたのは正解だったようだネ。
私は入っていないが、お前は四十六室のジジイどもにあったのだろう?」
「はい。マユリ様。」
「ジジイどもを黙らせるのは、若い娘に限るからネ。
お前もさぞかしジジイどもの視線を集めたことだろうネ。」
「はい。マユリ様。」
「調子に乗るんじゃないヨ!
お前を美しく作ったのはこの私だ!見てくれも時には役に立つものだからネ。
だから、そんな顔にしてやったんだ!」
「はい。マユリ様。」
性格が破綻しているとも考えられるような父と、その父に絶対服従の娘。
常識がある者ならば、誰もが娘の不憫を思う。
だが、その娘は傍目に見る程、自分を不幸と思ってはいなかった。
基本的に父マユリは、ネムの交友関係にはノータッチだ。
「メスブタがどんなブタと付き合おうが、興味がないからネ。」
短期間であったが、霊術院にも通わせた。
その際、なんとマユリが入学時に必要な物全ての手配をした。
名前つけにいたるまでだ。
霊術院の遠出の際には、弁当なるものもマユリが手配した。
そんなネムの弁当の中身は、何やら怪しげな液体の入った水筒のみだった。
驚き、そして憐みの目を向ける同級の者たち。
しかし、ネムはその弁当が、おかしいとは思わなかった。
マユリは一日の使える時間のほとんどを研究に使う。
それゆえ、食事にかける時間を無駄だと切り捨てている。
必要な栄養素を、短時間に取れるものはドリンク状の食物に限る。
そうすれば、必要な栄養素と水分の両方を補給できるからだ。
だからネムは、マユリが持たせた弁当をおかしいとは思わなかった。
一度液体状にしたものを長時間品質を劣化させずに、水筒に入れることは難しい。
そういえば、昨日研究室でなにやら液体を調合していた。
ネムはその研究成果がこれだと、冷静に受け止めていた。
「あの・・おにぎりたべる?」
「あたしの、卵焼きどうぞ。」
ネムを不憫に思った級友が弁当を分けてくれるも、ネムはそれを丁重に断った。
もともと自分はマユリ様に作られた実験体。
普通と違うことが、ネムにとっては普通だったのである。
水筒に入った液体は、筆舌に尽くしがたい味だ。
しかし、それを無表情に飲み下す。
マユリは完璧主義だ。これで必要な栄養素が全て入っているはず。
そんな父と娘にも誕生日というものが存在する。
三月三十日。
父娘同じ日だ。
無論、この父娘は誕生日の祝いなどはしない。
ただ、この日はネムの義骸をオーバーホールにかける日となっていた。
マユリから別に新しい義骸が贈られるわけでもない。
何故ならネムの義骸は常に最新だからだ。
新しい技術が開発された段階で、マユリはネムを最新の技術を適合させた物へとすぐさま入れ替える。
そして、今年もネムのオーバーホールの日がやってきた。
淡々と進む作業。
マユリはネムの義骸のデータを取り、補修個所がないかを調べている。
そういえば、この日はマユリも誕生日なのだ。
ついこの間、吉良副隊長の誕生日祝いに参加した。
誕生日を祝われて、ためらいながらも嬉しそうな顔をしていた。
そういえば、自分はマユリ様の誕生日を祝う言葉を言ったことすらない。
だが、マユリ様がそんな言葉を望んでいるとも思えない。
・・・しかし・・・
「・・マユリ様。」
「何だネ?」
「お誕生日おめでとうございます。」
「フン。年を取ることなどに興味はないネ。」
予想通りの返答だ。
後は、沈黙が流れるのみ。
そして、その日は過ぎて行った。
なんちゃって。