記憶の依代 (茜雫)
・・・あたしは茜雫。
気がついたら、空座町の河原にいたの。
どうして、そこにいたのかは、分からない。
でも、そこにいたの。
そうして、あたしはここに居る。
そう・・確かにあたしはここに『居る』の。
知ってる人は誰も居なかった。
でもあたしはここが大好き。
だって・・いろんな『記憶』が・いろんな『思い出』が・・詰まった場所なんだもん。
河原を散歩してて、偶然先に帰ってるお父さんを見つけたときの嬉しさ。
皆でご飯を食べている時の楽しさ。
お父さんに怒られているときの悲しさ。
先に死んじゃったあたしを、涙を流して悲しんでくれているお母さんやお父さんへの愛しさ・・。
みんな・・みんなこの町にある・・。
でもなんで、思い出のお父さんの顔や年がみんな違うのか・・・。
なんで、あたしが死んだ年がまちまちの記憶があるのか・・・。
あたしにも分からない。
でもそれも全部、大切なあたしの思い出なの。
あたしがここにいたっていう、大切な思い出なの。
でも・・あたしは・・本当は誰なんだろう・・・。
漠然とした不安。
あたしは確かに居るのに、はっきりとしたことが思い出せない。
ムリに強がって・・ムリにカラ元気を出して・・。
・・・町の中を歩いていた。大好きな空座町を・・。
そして、あたしは一護に会った。
眉間にしわ寄せた、恐そうな顔してるくせに、ヘンにおせっかいで、ヘンに強くて、ヘンに優しい奴だった・・。
一護はあたしのことを茜雫として見てくれていた。
あいまいな記憶を持ってて、無茶するあたしを、構ってくれてた。
・・それが・・嬉しくて・・・
わざとイジワルした。
あたしのことを、追いかけてくれるのがたまらなく嬉しかった・・。
だって、追いかけてくれるってことは・・あたしのことを心配してくれるからでしょ?
・・他に・そんな人・・誰も居ないんだもん・・。
・・あたしは思念珠っていうのなんだって。
何かの理由で抜け落ちた、無数の死んだ人の記憶の結晶があたしだっていうの。
巌なんとかっていう人は、あたしの事をまるでただの物質か何かのように扱おうとした。
あたしは、物なんかじゃない。
あたしはちゃんと名前もあって、斬魄刀もあって、記憶も・・・記憶・・そ、そうよ、ちゃんとあたし自身の記憶だってあるんだから!!
あいつが使う欠魂は、みんなあたしを襲ってきた。
恐かった。あたしの中の記憶をみんな持っていこうとするから。
・・やめて。あたしの記憶を取らないで・!!
・・でもそれは違う・・。
だって、もともとその記憶はその人のもので、あたしの記憶ではないんだから・・・。
でも・・きっとある。
あたしの記憶が・・・茜雫としての記憶がきっとある。
信じる事が出来るのはきっと一護に出会ったからだ。
そういや、一護に赤いリボンをもらったんだっけ。
・・嬉しかったな・・。
だって、『あたし』にくれた物なんだもん。
物を貰った『記憶』は沢山あるけれど・・今あるのはあの赤いリボンだけ。
巌なんとかを倒しても・・世界の崩壊は止まらない。
でも、あたしの残った他の人の記憶を『還して』あげれば、なんとかなる。
記憶をなくすのは・・つらい・・。
あたしがあたしである証を・・・無くすようで・・・。
・・・でもやろう。
あたしはこの町が好きだから。
一護が住むこの町が大好きだから。
一護があたしを必死で護ってくれたのならば・あたしが今度は護ってみせなきゃ。
記憶を全て解放すれば・・あたしは一体どうなるんだろう・・。
やっぱり・・『死ぬ』のかな・・。
死んだら・・お墓に行くんだよね・・?
あ、それは人間で、あたしの場合はどうなるんだろう・・。
でも、きっと『あたしがいた』という、証がある。
・・ね?一護、だからその証拠を見に連れて行って・・・?
もう・・あまり時間がない。
あるでしょ・・?あたしが・・生きてたっていう証が。
お墓の文字にある・・よね・・?
「・・ああ・・あるぜ・・。」
背中で聞く一護の声は、低くて・・・とっても暖かかった。
ありがとう・・。
あたしが、ここに居るということを言ってくれてありがとう・・。
そう・・記憶を無くしても・・一護と出会ったあたしが居た事は変わりがない。
あの赤いリボンがその証拠。
ああ・・なくしちゃったな・・。
ねえ、神様・・。
まだあのリボンがあるのなら・・。
どうか、一護に届けてください。
あれ・・大事な物なんです。
だって、あたしに他の人がくれた唯一のものだから。
あのリボンは、あたしの一護と会ったことへの記憶の証。
そして、感謝の記憶を・・・。
・・・届けたいから・・・・。
あたしは記憶の雫。
消えてなくなるのが運命だとしても・・・。
一護と出会ったことを・・なかった事には・・しないでください・・。
なんちゃって。