声は囁く(藍染とギン)
市丸ギンが藍染の下で働くようになって暫し経ったころだった。
・・・ふと、ギンが気づいたことがある。
「やあ、浮竹。
調子が悪いと聞いて心配していたんだ。
もう調子はいいのかな?
あまり無理をしてはいけないよ?君を頼りにしている者は大勢いるのだからね。」
「ああ、藍染。もう大丈夫だ。
すまない、心配かけてしまって。」
「君は甘いものも大丈夫だったね。
ギン。後で浮竹隊長のところへ机の上にある菓子折りを持っていってくれないか?
2つもいらないだろう?」
「わかりました。」
「いいのか?ありがとう。みんな喜ぶよ。」
「それはよかった。では、また。」
「ああ。」
隊長同士の気さくな会話だ。
藍染は、親交のある程度深い者と話す時には、苗字を呼び捨てで話す。
しかし、その者のことを話すときは、必ず敬称をつけて話す。
部下や目下の者に対しては、ほとんどの場合苗字に「君」をつけて話す。
だが・・・自分の事だけは・・・
「・・・では後で頼むよ?・・ギン。」
名前で呼ぶのだ。
副官として、認めている証とも思える。
しかし。藍染のことだ。
それだけではないような気がした。
『なんせ、あのお人やからなァ。』
藍染の使いから帰り、五番隊の執務室を開ける手をふと止めて考えたときだ。
耳元で低音が響いた。
「・・こんなところで何をしているんだい?ギン。」
同性でも鳥肌が立つような美声だ。
思わず耳を押さえて振り返る。
大げさな反応に、おや?と藍染が意外そうな顔をした。
「いきなりエエ声で後ろから囁かんといてくださいよ。
ビックリするやありませんか。」
「そうかい?それは済まなかったね。
ところで・・・中には入らないのかな?」
「そりゃ、入りますって。」
執務室の中に入る。
「藍染隊長って、ホンマエエ声してますなあ。
耳元で名前囁かれたら、大体の女の子は落ちますやろ。」
「どうかな。あまりやってみたことはないからね。」
「絶対落ちますって。
ホンマ反則やわ。」
「ははは。褒めてくれて嬉しいよ。
声はその発する者の印象を、位置づけるものでもあるからね。」
「でもあんまり、名前を呼ばれまへんなあ。大体は苗字で呼んではるし。」
「ああ。お前以外は名前で呼んでいないからね。」
「なんでですのん?」
「お前が、僕に引きずられないからだ。
声は人を操る事のできるツールでもある。
その声で、どう呼ぶかによって影響を及ぼす範囲も変わる。
僕は必要以上に、影響を及ぼす気はないからね。」
「エライ謙虚なことで。
『完全催眠』の斬魄刀持ってはるお人の言葉とは思えまへんなあ。」
「そうかい?何も刀を抜かなくとも、『完全催眠』に落とすことは可能だ。
・・・呼び方も然りだと思うけどね・・。」
「隊長の声も、『完全催眠』のツールいうわけですか。」
「従わせようとする者は時に大声を出しがちだが、最初は従わせられても結局は反発を買い、失敗するものだ。
従わせられる者は、大声を出されるたびに、意思に沿わない事をやらされていると思うからね。
・・・あまり賢いやり方とは言えないね。」
「そういや、大声出してるとこって見たことないなァ。」
「『催眠』のポイントは、かけられた方が、かけらてていると気づかないようにすることだ。
身構えてしまうようなものではダメだ。
最初は心地よく聞こえなければ。
そして、心の鎧をその者自身に外させる。
現れた裸の精神に、無理に押し入ろうとしてはならない。
あせりは禁物だよ。
少しずつこちらの支配下に置いていく。
そして、そのことを悟られないようにね・・。
・・・こちらが奥底に入り込んでいることさえ分からぬように・・。
鼓膜を通して入り込んでいくんだ。
そして、操られていることさえ分からずに、その者はこちらの思うように動くようになる。
心を侵されていることも知らずにね・・。
自覚症状がないだけに、興味深く反応を見ることができるものだ。」
「悪いお人やなあ。
でも、ボクも参考にさせてもらいましょ。」
「お前にも出来るだろうね。
・・・素質はある。
もっとも僕とは違ったやり方をするだろうがね・・。」
「ほな・・いつか藍染隊長を『完全催眠』にかけられるよう、精進いたしますわ。」
「僕をかい?それは楽しみだね。
・・・期待しているよ?」
余裕の表情を浮かべる藍染。
まだまだ、自分との差は大きい。
死神としての実力も。男としての魅力も。
そして・・悪のレベルもだ・・。
『・・・見とりや・・・。
追いついたるから・・。
いつか絶対その背中に追いついて・・
・・・耳元で『名前』囁いたる・・・。
手加減無しで囁いたるから・・。
それまでは・・・「藍染隊長」で我慢したるわ・・・。』
・・それは互いの本性を知った上での、無言の駆け引き。
たまらなくスリリングなゲームでもある。
その愉しみが味わえるからこそ・・藍染はギンを副官に置き、ギンは藍染の下につく。
・・・囁く声すらもゲームの駒だ。
・・そして、今日も声は囁く。
なんちゃって。