黒の王子様(市丸ギン)

真央霊術院のある年の入学式。
新入生の中で、ひときわ目立つ銀色の髪をした少年がいた。
市丸ギン。
未だ成長途中だろう、その上背は細身の体のせいか、実際よりも高く見え、ともすれば、ひょろりとした印象さえ受ける。

癖の無い、しなやかな銀色の髪は形のいい頭の形を隠すことはなかった。
一目見れば忘れない、深紅の眼は閉じられている。
肌も色が白いため、冷たい印象を与えるように思うが、その口元に絶えず笑みをたたえているため、近寄りがたい印象までは無い。
何よりも親しみやすいイメージを与えるのが、彼の関西弁だ。
『王子様』といってもいい外見と、それを裏切る関西弁に始まるお茶目な言動。
そのギャップが、市丸ギンの特徴だった。



入学式後の特進学級にて、市丸ギンは、思いがけず見知った顔を見つけた。
松本乱菊。
ギンも乱菊もまだ幼い頃、少しの間共に過ごしたことがある。
ギンが一時期とはいえ、生活をともにしたのは乱菊だけだ。
短い間とはいえ、ギン自身も穏やかな生活を送っていた。

しかし・・ギンは突如、乱菊に何も言わず、失踪する。

それから、暫くの年月が経ち、まさか真央霊術院で、出会う事になろうとは。
流石にギンも少し驚いた。

乱菊はまるで信じられないものでも見るように、こちらを見ていた。
こちらも、成長途中であるのだろうが、すでに成熟した女性の体をしつつあった。
男子生徒の視線を釘付けしているにもかかわらず、全く意に介したところは無い。最早慣れているのだろう。

「乱菊やないか。久しぶりやなあ。元気やった?」
話しかけたとたん、乱菊が我に返る。その直後眼差しに怒りを滲ませて、掴みかからんばかりに詰め寄ってきた。
「ギン・・・!!!アンタ、今まで一体・・・!!」
怒りのあまりに最後まで言い切れないのだろう。
肩がわなわなと震えていた。
「せっかくの再会やのに、そない怒らんといて?これからはクラスメートやし。またよろしゅうな?な?たのむわ。」

乱菊の怒りは収まったとはいえないが、これからは同じクラスでいられるのだ。一応安心したのか、それ以上はその場で問い詰めるようなことはなかった。

ギンの周りには、直ぐに人が寄ってきていた。
親しみやすい言動が人を呼ぶのか、何時も周りには男女を問わず、人がいた。
しかし、親友と呼べる者はいない。いや、作ろうとしていないようにも見えた。

同じクラスといっても、ギンと乱菊が特別親しかったという訳ではない。
必要以上のことを喋るようなことはなかった。

乱菊は、その容姿のためか、絶えず上級生の男子生徒の呼び出しを受けていたようだ。
ことごとく断っていたようだが、中には強引な輩もいる。

ギンが教室移動の際、友人数人を連れて、次の教室へ向かっていた際のことだ。使われない教室の中で、言い争う声が聞こえてきた。
少し開いた扉から、乱菊と4級上の男子学生が見えた。
「だから、そのお話はお断りしたはずです!!いい加減離してくれませんか?」
「お前がおれと付き合うって言うんなら、直ぐに離してやるよ。な?」


「あ、あれは・・!松本さんと5回生の主席の先輩じゃあ・・。」
「あの先輩って、貴族出身なんだろ?まずいんじゃ・・。」
「なんか、女子学生に手を出しまくってて、問題起こしてるって聞いたぞ?」
「でも、親がもみ消してるって・・・。」
「松本さん、大丈夫かなあ。」
周りの男子学生は、全く助ける様子は無い。
当然だ。相手は貴族で学年主席。一回生のひよっ子が敵う相手ではない。

すると、するりとギンがその教室の中に入っていった。
「乱菊。次の授業の先生が呼んどるで?なんや、授業前のセッティングをはよやって欲しいって、言よったけど。」
「なんだ、お前は。乱菊は今俺と話してるんだ。引っ込んでな。」
「おや〜?いけませんなあ。5回生筆頭の先輩たる方が、授業の準備の邪魔をするやなんて。」
「なんだと?貴様!!」
「お話なら、また後で伺いますわ。今は授業が先。それが生徒の『本分』ですやろ?ほな、乱菊、行くで?」

乱菊をつれて、教室を出るギン。
教室前でたむろっていたはずの、クラスメートたちは誰もいなかった。
「ギン・・アンタ。どういうつもり?」
「別に?先輩に言うたまんまやけど。」
「このまま、済むと思ってるの?!相手は5回生筆頭なのよ?!」
「大丈夫や。心配することない。」
先に歩く、ギンの顔には相変わらず笑みが浮かんでいた。

・・・そして。
次の日の朝。玄関前で全身25箇所を骨折した、5回生筆頭の姿が発見される。
両手足の全ての指が折られていただけでなく、人間の骨で一番強いはずの大腿骨が、粉砕されていた。
そして、その部分にはくっきりと人の手の型がついていた。
事の次第を追求しようとした学校側も、被害者の精神が崩壊していたため、事情聴取さえ出来ず、被害者の生徒は、自主退学となった。
「助けて。助けて。」とうわ言の様につぶやき続けているようだ。

結局、犯人は見つからず、一時は騒然としていた学院内もやがて平静を取り戻した。
最初は、犯人探しに躍起になっていた被害者生徒の父親も、息子の埃がうず高く出てきたため、しぶしぶ引き下がった。

ギンも乱菊も通常通りの学院生活を送っていたが、不意に乱菊がギンを呼び出した。
「なんやの?乱菊。珍しいなあ。」
「・・・アンタなの?」
「何が?」
「先輩のことよ!もしかして、アンタが・・。」
「なんや、そんなことかいな。ボクが出来るわけ無いやろ?そんなこと。考えただけで怖いわ〜。」
「アンタ・・・。実力を今まで全然出して無いじゃない!いつも手加減してるの知ってるのよ?」
「いややわあ。ボクは一生懸命やっとるで?一応主席取るつもりなんやけどなあ。そんなん、言われたん初めてやわ。ま、そんなことなら、もうええやろ?教室戻るで?」
乱菊は全く納得していないようだが、それ以上はなにも言わなかった。


『・・・ああ〜〜。なんや、ここも退屈やなあ。』

何時からだったろう。自分が超絶した霊力を持ち、それを開放することが「危険」で「許されない」事だと分かったのは。
自分の思うとおり、力を解放してみたい。
最も目的が達せられそうなのが死神だと考えたため、この学院に入学した。
だが、ここもそうではない。
力を絶えずセーブしなければならない。
そして、ぬるま湯のようなこの仲間の中で過ごさなくてはならないのだ。

自分が「非道」で「残酷」な性分を持っていることには早くから気付いていた。
そして、それが世間的に認められないことも。
いつか、能力を解放して思う様振舞ってみたい。
そのためには、親し過ぎる存在は邪魔だった。だから作らない。
乱菊は自分にとって危険な存在だった。幼い二人が、身を寄り添って暮らしていた時、「今のままでもいいじゃないか」、そう思いそうだったから。
だから、乱菊の前から消えた。最悪の方法で。

『今回の件も、関わるつもりはなかったのになあ。
どうも、乱菊はボクのアキレス腱になりそうや。
・・・あんまり関わらへんなあ。これは。』

珍しくギンがため息をつく。

『なんや、面白いことないかなあ〜。
思いっきし悪いニンゲンになってみたいんやけど・・・。
・・・その方がボクの性におおとるねん。』

学院の黒の王子様。
暫くは、退屈な日が続くようだ。

なんちゃって。

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